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日々是々

金神103話「あんこう鍋」 感想 #ゴールデンカムイ

この文章、本誌掲載時に沿って書いたので、単行本ではまた結構、変わってしまいましたけども。
本誌分は本誌分として残しておきますね。

単行本11巻の記事はこちら。
金神11巻の感想 上(101~104話) #ゴールデンカムイ - day * day

尾形ァァァァ

ここしばらく尾形が頼もしい、真面目な軍人みたいなキャラだったので油断してた。
今回は黒い……真っ黒だ。
新年1回目から尾形主役だ。
こういうハナシが読みたかったんだよ!
いろんな意味で神回だ。

短髪時代の尾形。だいぶ印象が変わる。
尾形、浅草生まれの茨城育ちなのか。でも訛がなくてむしろ江戸弁ぽいのは、幼少期も地元の人とあんまり交際しないで母親*1べったりだったんだろうな。
たぶんに“扱いにくい子供”だったろうしなー近所の人も相手したがらなさそうだ、百之助少年。
小さいころからあんな真っ黒なブラックホールみたいな目をしてるんかい。*2
いいなー鮟鱇鍋。そうかー茨城だと安かったのかー。
花沢中将、眉と目が尾形にそっくりだわwww
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て、前振りで草生やしたくなるくらいに、尾形の回想は苛烈だ。

彼の過去は期待以上に彼らしい。
彼の冷血はヌルくない。

花沢中将の死。
花沢の自死に関して尾形が介錯くらいはしたのかなーとか思ってたけど、なるほど親殺しこそ彼にふさわしい。

花沢中将、よく見ると拘束衣着せられてる。
花沢は寝間着だから、寝込みを襲撃したようだ。
外傷残らないように頸動脈圧迫するなりして気絶させて、拘束衣着せて脚を縛る。
割腹自殺を装うんだから、トドメささない、格闘もなし。
返り血もほとんど浴びてない、服の血痕からして、正座に座らせて背後から抱きかかえる形で右腕を前に回して腹部をはだけて左腹を刺して右に引き切る、短刀の血糊は10センチないくらいだから傷は浅いし、死ぬまで結構時間かかったはず。
完全に息の根止まるまで待ってから偽装工作する。

……というアクションを一切なしで、あくまで事後の静かなシーンしか描いてないのが美しい。
なのに、小道具や細部を見ればなにがあったか――どうやったかがわかる。
尾形は淡々と殺し屋の任務をこなしてる。現場が荒れてない。完璧にやり遂げてる。父親が出血多量で悶死するのを、冷静に見守ってた。
ヨーロッパのノワールな映画みたいなワンシーン。

これって性的暴行の寓意だ。
腹を刺すなんて、露骨に性行為のメタファーであるよ。
彼は理知的なサディストだ。関心のない相手とは会話すらしようとしないが、親しい相手には寸鉄人を刺すような言葉を吐く。「好きな子を虐めるタイプ」だ(それは、相手からの愛情を確認したいって子供っぽさなのか、嗜虐性向なのか、その両方かも知れないし)。
とすると、短刀で腹を刺すなんて凄絶な苦痛を与えて殺すことは、最上級の愛の表現だ。
長広舌振るってるのは絶頂のあとの冷却期間、いわゆる賢者タイムってやつだね。
普段、彼は、性的な話題にいっさい絡んでこない、恋バナもないし、本作の男性キャラでは例外的に脱がない! 肌の露出が少ない!(この話の時点ではね) と思うと、これが彼にとっての情交の場面なんだ。ただし、LOVEとか愛とかは一切抜きの、エロスとサディズムではあるが。しかも相手は実の父親だ。父親を犯し――屈服させ――殺すことが彼の大願だった。

――ってツッコんだ解釈していいのか迷ってたけど、そういやこのコマ。
脚の間に液体が滴ってる下向いた切っ先なんて、あからさまに事後の性器の暗喩だ。*3 おまけに血が滴り落ちる先には父親の顔が。

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ヤングジャンプvol.1808)

花沢中将の(正妻の)息子が戦死してることは、実際の第7師団長の大迫尚敏から類推してたけど、花沢少尉もまた尾形の暗殺だったとは。どんだけこの父子嫌いなんだ。
自分には与えられなかった父母からの愛、良い人格などを、父親から与えられた異母弟に嫉妬したのか。
苦しみを与えていないところからして、実は花沢少尉にはさして関心なかったのかも?
本命はあくまで父親で、彼を苦しめる一環に過ぎないのか。
弟殺しの逸話は、旧約聖書のカインを思わせるじゃん? カインは神の祝福を与えられた弟に嫉妬して殺すけど、彼が真に憎んだのは(弟ではなく)神なんだよね。だから、殺人という最大の大罪を犯すことによって神を裏切り――自分の中の神を殺した。
それこそが、彼にとっての「巣立ち」。

尾形のパーソナリティを端的に言うなら、「良心を持たない」んだ。生来の冷血漢。
この良心ってのは、集団や社会を形成するために、人類が進化の過程で遺伝子上に獲得してきた生物としての本能だから、生まれつき欠けてる人もいるのだ。
今なら「パーソナリティ障害」に分類されちゃうかも知れないけど、百年前にはそんな面倒くさい分類ねーよ。*4
生来だとしたら、戦場のトラウマのPTSDってわけじゃないし、「治る」こともない。経験を積んだり成長することで「世慣れて」はいくだろうけど。

「何かが欠けた」って自覚してるんだ。自分に欠けてるものを認識していて、それを不思議がっていたりもする。他の人は疑うこともなく素直に信じられるものを、なぜ自分は信じられないのか、と。
第100話で杉元は「心がずっと戦場にいる」といってるけど、しかし尾形はむしろ最初から「心がない」。子供時代の話からしても。*5
……でも、本人はそう思ってるかも知れないけど、しかし傍からみると彼はちゃんと心を持ってる。山のように高いプライドとかさ。少々難があるだけで。良心はないけど理性でカバーしてるんだよな。
ホントは心があるけど自分では「ない」と思ってて追い求めてるなんて、まるでブリキの樵みたいだ。*6

よくよく見れば、父子は会話していない。尾形は一方的に喋るだけで父親からの言葉に答えていないし、問い掛けをしてるようでその答えを求める相手は目の前に横たわった血塗れの老人ではない。彼にとって花沢中将は対話の相手ではなく、屠畜に過ぎない。
最期に父親に自分のことを「冷血で出来損ない」と言わしめるのは、愛のない行為の結果が俺だと認めさせたわけだ。

父の遺骸に背を向けたときもなんの感慨も沸いてこない自分にあきれてるようにさえ思える。
尾形自身、あくまで「生まれ」のせいであって、生育環境のせいだとは見做してない。母親の病気はともかくとして、おそらく祖父母は孫を愛する一般的な人物で、百之助少年の幼少期が過度に悲惨だったわけではなかろうよ。少なくとも多くの凶悪犯のように虐待を受けて愛されることを知らずに育ったわけではないんじゃないかな。

父親とは共同体の秩序、それを構築するための機構としての「神」の寓意でもある。母親は個人同士の絆=「愛」の寓意なわけで。同朋である弟も殺して、血縁って他者との最も根源的な絆を自ら断ち切り、彼は孤高であることを選んだ。
でもさあああ、結局一人ではやってらんなくて、土方一味に逃げ込んでるんだよなあ。あくまで「腕の良い用心棒」って売り込むあたり、プライド高い。そして自分が人を集めて組織できるような器じゃないともわかってる。人を使うなら羆に襲われた仲間を助けるの躊躇しちゃダメだ。

ああここで扉の『愛の歌』*7とつながるのか……! (今回のテーマは「愛」なのね)

実のところ、彼にはそんなに悲劇性を感じない。彼の所業は、傍から見れば非道かも知れんが、少なくとも彼は後悔してないし、どうしようもない圧倒的な環境に流されたわけじゃなくて、彼は自分で選択してるのだ。
彼は冷血ではあるが邪悪ではないし。エゴイストだがナルシシストではない。サディストだが犯罪的ではない。

花沢邸を去るくだりもただ彼が歩いてる絵だけ3コマもかけてるって、この流れの美しさ。
これってまさに歌舞伎の花道を退場していく千両役者だよ。
(→金神も画面に花道があるのだなあと気付いた話。 #ゴールデンカムイ - day * day

Twitterで、尾形の「あなたはこなかった」って台詞に注目してる方々を見かけて(複数の人が別個に)、ああなるほど、と思った。
後には「父上」と言ってるのに、ここだけ二人称。
尾形が、実は父親とは対話してないってことを踏まえると、ここでいう「あなた」とは目の前の父ではなく、父に象徴される「神」のことだよな。この空間自体が告解室なんだし。
母の葬儀に父も来なかった。つまり彼は父母を同時に失ったわけで、それが、「愛という言葉は神と同じくらい存在があやふやなもの」って台詞に繋がる。

て、鶴見、貴様が黒幕かい。
尾形と鶴見の関係も、も、真っ黒でゾクゾクするわあ。
陰謀conspiracyの語源は「共に con-」「息をする spirate」。互いの息の聞こえるくらいの距離で密談をする情景。
従前うかがえた尾形と鶴見の確執にはこんな背景があったのだな。そりゃあ鶴見はさっさと尾形をブチ殺して口封じしたいだろうよ。
鶴見、その手はなによ? 膝をなでるなんてエロい身体的接触による懐柔策もいかにも鶴見らしい。パーソナルスペースを侵されることによって相手と特別な絆を感じてしまうのだ、通常は。
事を終えて戻ってきた尾形の態度も、彼らしい。感情の爆発や高揚もなく、重大な秘密を共有する陰謀仲間の鶴見にすら心を開かない。
同床異夢ってやつだ。

鶴見は現場に赴いてない。実行はすべて尾形一人。でも拘束衣とか用意して手筈整えたのは鶴見だろうし、そもそも花沢中将の暗殺はどっちが言い出したんだ?
鶴見は、尾形が父親に確執があるのを見抜いてて共謀した。母のことはともかくとして、花沢少尉の死の真相を鶴見は気付いたか、どーか。
花沢中将の死は鶴見にはどんな利点が? 第7師団を中央と対立させてまとめるため? 大勢の部下を戦死させたことによる恨みもあるのか?

尾形を冷血と評し、鶴見を「たらし」と評する、この言い回しについ苦笑。やっぱそうだよねー。
鶴見は人誑しだって。
、「言で狂わす」と書いて「たらし」と読む。
弑逆なんて、バレたら軍法会議で確実に銃殺刑になる大罪*8なわけで。
恐らく鶴見は、尾形が大罪を犯した不安や興奮に昂ぶってると読んだんじゃないかな? 苛酷な任務から帰還した部下を華麗な言葉でねぎらうことで誑しこめると思ったろうが、彼の冷血さを見誤ってたようだ。
尾形にとっては父親を刺した瞬間こそが絶頂であって、既に賢者モード通り越してすっかり醒めてるし、そもそもそういう言葉に感応する心がないから、言葉の魔力が効かないのだ。実の父には蔑みの言葉を言わしめ、上官の大仰な巧言は「たらし」と切り捨てる。
鶴見はきっと、尾形を便利な殺し屋として使うつもりだったんだろうけども、結局、逃げられた。
尾形のような完璧な殺し屋、ほかの部下ではなかなか代替効かないよな。月島はマジメすぎるし、鯉登はまだまだ若い……なにより鶴見への恋情が邪魔をする。

花沢中将のモデルは、実際の歴史では、第3軍司令官乃木希典と第7師団長大迫尚敏で、どっちも旅順攻囲戦で息子亡くしてる(乃木は他の息子も戦死して家が絶えた。大迫は三男亡くした)。
乃木は長州出身だけど、大迫は薩摩だから、花沢幸次郎は大迫成分多め。
旅順攻囲戦そのものは辛くも成功裏に終わったし、その後の日露戦争の帰趨を決定づけたのも確かで、特に乃木は凱旋将軍で軍神とまで奉られてたりするくらいだ。大迫も平穏無事に退役して昭和になって死んでる。*9
乃木は明治天皇薨去に殉じたけど、一因には指揮下の膨大な戦死者、特に息子達も失ったことの悔いもあるとされる。

本作中で花沢中将が責めを負って自死したのは乃木をなぞってるのかと思ってたけど、実は鶴見の謀殺だった。
それも実の息子の尾形による弑逆。しかも異母弟にあたる花沢の嫡子まで尾形が手に掛けてるとは。

いいぞぉ、こういう真っ黒な陰謀話。
さて、この陰謀は二人以外の誰が知ってるのやら。

そしてやっぱり、やることなすこといちいちカワイイ鯉登。
叱られて畳掻きむしるとか。
鶴見見つめてとろーんとか、なんて顔してるんだっ
尾形や鶴見みたいな、闇の濃い人物に比べると、鯉登や月島はまっすぐすぎて可愛いわ。

父親が話題に上るとピシっと背筋伸ばして正座するような父親マジリスペクトなお坊ちゃまの鯉登少尉には、尾形の懊悩は理解できんだろうな。

ところで、尾形の退場の風景に、雪がないことがちょっと気になるのだ。
これ、いつの話なんだろ?
作中のリアルタイムはおおむね06年だと推測してるんだけど、第7師団って06年3月までは大陸にいたんじゃないのか? 彼らの聯隊は一足先に、05年の終戦直後には旭川に戻ってきた、そういうこともあるのか?
鶴見が頭にケガしたのは05年3月の奉天会戦
どれくらい入院してたのかわからんが……しかし、彼のケースの元ネタの1つと思われるフィネアス・ゲージ(19世紀、工事現場の事故で脳に大きなダメージを負って生き延びたけど、人格が変化した人物)*10は事故から2、3ヶ月で家に帰ってるんだよな。意外と入院期間短い。その後も人格変化以外は問題なく日常生活送ってたりする。
それからすると、鶴見、終戦時には退院してたのかもなー。
だとすると花沢中将の死は05年の秋の降雪前か、そもそもこの舞台は旭川ではないのか?

*1:念の為。彼の母親はあくまで“芸者”であって、遊女じゃないよ。お座敷で技芸を披露するのが仕事。芸者と遊女の区別付いてない文章しばし見かけてミーハーな江戸ファンとしてはゲンナリ。

*2:つまり彼のパーソナリティは生まれつきってこと。

*3:この作者が凶器を性器に見立てることは、辺見や江渡貝のときにも繰り返されてる。それこそエロスとタナトスの象徴だ。

*4:正直、今ハヤリのこのパーソナリティ障害って言い方はどーなのよって気もする。それはあくまでその人の「パーソナリティ」、個性のバリエーションの1つであって、周囲と相性が悪いというだけの話じゃなかろか。それを「障害」っていっちゃうと本人だけが悪いってニュアンスにもなってくけど、周囲の社会や文化は時代によって変わってくものなのだし。

*5:9巻126頁(87話)で、尾形が蝶を追ってるのって、蝶がココロや魂の象徴だからなのか! 単に猫っぽいってだけじゃなかった。
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*6:→『オズの魔法使い』。勇気がないと思ってる杉元はライオンっぽいし、オバカ扱いされてる白石は案山子だ。とするとアシリパさんはドロシーなんだ。黒い子犬の代わりに白い狼もいたし?

*7:ピクミン

*8:一般の刑法でも当時は尊属殺の規定があるのでほぼ死刑。

*9:昭和2年に、まだ珍しかった自動車乗り回してて踏切で立ち往生して、小田急線の死亡事故第1号という説がある。

*10:フィネアス・ゲージ - Wikipedia