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『死体の文化史』

読んだ。

『死体の文化史』

死体の文化史

死体の文化史

“死体の”てよりかは、死体になる過程と、死体になった後、そういう死体に直に関わった人の体験談がメイン。
アングラ系な趣味の雑誌に掲載された文章が中心だから、全般、読者を選びそうな。
興味本位のエログロ譚ではあるのだけど、類書と一線を画すのは、著者が実際に、体験した人に取材して直に話を聞いてる点だろか。

朝鮮戦争のときに米軍基地で戦死した兵士の写真撮影をしていた男性。
その友人の男性が、男娼兼死化粧師(今でいうエンバーマーだね)で米軍中尉のオンリー(専属の愛人、囲い者ですわな)やってて、その彼が密かに、余った死体のパーツのコレクションしてる……という話。
なんですかこの腐女子役満は。

一部好事家には知られた、“性交してる男女のミイラ”の話。伝説に曰く、愛妾の不貞を知ったカリフが目の前で二人に交わらせ、その最中に首を刎ねてミイラに仕立てたと。どうにも胡散臭い、与太話ではあるのだが。
写真が存在するのか……戦前に大陸の大学の医学部で教授に見せられたと証言する博士。

こんな虚々実々な話が、ドキュメンタリー風の真面目な語り口で綴られていくわけです。

ゴールデンカムイ』ファン的に注目せざるを得ないのは、現実の刺青人皮。これも一部には有名な東大医学部のコレクションの話。
今のファッションとしてのタトゥでなく、昔ながらのクリカラモンモンてやつですね。
親子二代の医学博士が集めたものだそうで。
ヤクザ者に、死後は皮を貰い受ける条件で、墨入れる費用と生活費まで出してやって、先代が集めた刺青人皮は120枚ってのが圧巻だ。若い者が世話になったと、親分衆が感謝の印に巨大な灯籠を作ってくれたってのもさもありなん。
高木彬光の『刺青殺人事件』に出て来る博士も、この人が元ネタ。
単に学術的興味ってよりか、刺青人皮そのものに魅せられたコレクター。

著者は、二代目のほうに取材して、実際にホルマリン漬けの死体から刺青人皮を剥がす作業まで手伝ってるのがスゴイ。
解剖に慣れた医学者でも人一人剥がすのに2時間かかって、それを標本に仕立てるには2年かかる、などと。(きちんとやるとそこまで手間が掛かるものらしい)
表皮の下に色料が入ると組織にそって拡散していく、人が死ぬと脂肪が硬化して色彩が褪せる……
集める際の苦労もイロイロと。

そうかー手塚治虫の『シュマリ』の「宝の地図の記された刺青」と、東大コレクションが合わさると、『ゴールデンカムイ』になるのかー。

この刺青人皮の項は、著者自身がみょーにテンション高くて白眉だ。
牛や豚の革と違って、人皮は、裏から灯りを当てたときに毛穴から漏れる光線が得も言われぬ美しさで、なるほどランプシェードにピッタリだ、とか。
とうとう、余ってる半端物の刺青人皮で装丁した刺青の写真集出しましょうよ!とかまで博士に提案しちゃうし!
(背中一面の刺青を入れるのに3年かかるのだそうで、なかなかカネと根性がなかなか続かない、それで、半端に彫物の入った手足が、博士の家に転がってる、って、マジかよ?)*1

刺青人皮なんて、墨入れる人々もそれを集める人も、あくまで趣味の世界であって、どこにも犯罪や暴力による悲劇の要素はないのだけど(墨入れるに至る本人の過程は別として)。

戦争に関わる話は凄まじいとしか。
なにしろ死体が量産されるエピソードだから。
とりわけ太平洋戦争ともなると、今生きてる日本人が当事者として関わってるだけに、証言が生々しい。

東京・釜石・大阪の空襲のエピソード、ここは証言集からの抜粋らしい。
それぞれに使われた兵器による街の被害――死体も含めた――の違いを記述してるのが興味深い。
東京大空襲焼夷弾、釜石の艦砲射撃、大阪の榴弾(東京のとは違って爆裂弾+焼夷弾らしい*2)――ヒロシマナガサキの原爆の被害の死体の有様はよく語られるけど、それ以外の死体の様子って、そういや、あんまり記述されないよなあ。
なんにしても、近代兵器の破壊力って凄まじいやね。近代戦になると敵国の生産拠点を攻撃することになるから、人間なんか工場のパーツの一部に過ぎなくなるってことなのだね。

それから、フィリピンからの帰還兵の話は、一部の人は激怒しそうである(笑)
まあそんなこともあったんじゃないのー、くらいに聞いておけば~?
どうせ仮名なんだし。
にしても、フィリピン戦線の日本軍はいつもロクな話を聞かない……

戦死した戦友の指を切り取って遺品として持ち帰る、ってエピソードも出て来る。
ある母親は、息子の死を受け入れられずにどうしても受け取ってくれない、無理やり渡したら数日後にその母親は自殺してしまった、とか。

かと思うと、戦死した村人の遺品をコッソリ集めてズリネタにしてる男の話など。本人は徴兵年齢には足りない世代なので、戦死というものに取り憑かれてしまったのか。
著者の知人の話なのでかなりフェイク混ぜてる、って断ってるが……うーむ。

掲載誌に『牧歌メロン』が挙げられてるのが(笑)
これ知ってる(笑) その前は『アラン』っていった雑誌だwww*3
ジュネと同じくらいに創刊したアングラ系雑誌。
ジュネは同性愛に特化してたけど、アランはもっと広く、ナチスとか、デビッド・ボウイとか、タンビズム全般の記事で、それはそれで面白うございましたよ。ハリー・クレッシングの『料理人』が、「すべてのひとのもの(Something for Everyone)」てタイトルで映画化されてると知ったのもこの誌面*4
血と薔薇」よりかもちっと卑近でライトで低俗な。

どーにも、そこかしこに埋め込まれたイメージのカケラが、金神にも共通して散見されるのだ……
もしかして、野田センセー、この本も読んでたりするぅ~?

著者は徹底したアナーキストなんだよな。
「倫理とは体制からの押しつけだ」みたいに語っちゃってるし。(いや、ある程度の倫理観は、遺伝子に書き込まれた本能だと思うけど)
この本に対して、エログロナンセンスと罵倒するのは容易いのだが。
そもそも、著者は、そういう“良識”をせせら笑ってるわけですよ。
だから文章は硬めで真面目。
酸鼻を極めるような体験談を語る者も断罪しない。あくまで興味本位の傍観者の立場を貫く。

なにより、そういう、「多様性への寛容さ」って、金神に通じるんだよなあ。

*1:こういう、どこまでホントかわからない記述が、この本の真骨頂なのだよな。

*2:そのクレーターが大阪の各所に溜池として残ってる、ってあるけど、今もまだあるんかな……

*3:創刊号から何冊か、古書店で見つけて買ったのだ。

*4:これ、NHK BSで放映されたことあるんだよなあ。見損ねたが、肝心の、男性同士のキスシーンが見事にカットされていたそうで……ちなみにそんなシーン、原作にはありません。