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日々是々

金神150「遺骨」 ゴールデンカムイ

金神15巻の感想 ゴールデンカムイ - day * day

真相は、罌粟畑の薮の中。

鶴見に殴りかかる月島。
おや懐かしい面々がw
前山、玉井、野間ときて、3ページ目最終コマ、野間・谷垣・尾形と並んで最後にいるのは三島君ですかね。

鶴見「誰よりも優秀な兵士で」のコマの鶴見、つくづく美形だ。
本来なら、感動的な、お涙頂戴な場面のハズなんだけど!
読者には、どーせ鶴見が全く信用できない人物だって、わかりきってるので!
こんな端正な顔して、相手が心の裡で臨んでる言葉で口説きにかかるんだぜ……
こういう所も含めて、鶴見の魅力なんだよなあ。

いや、彼の台詞、「優秀な兵士で信頼できる部下で戦友だから」って。
本心ではあるんだろな。

対する月島の表情。彼のこんな顔も初めてだ。

その直後に、ちゅど――ん

鶴見を庇おうとした月島を見上げる鶴見の口元。
この微笑がイイw
獲物が罠に掛かったことを確信した笑みだ。*1

鶴見は頭を負傷して、月島は腹を。

忠魂碑の前に佇む二人――はこの砲撃の前。
月島は、こうやって鶴見の心情を見てる、死んだ戦友達への哀悼や無念を共有している(少なくとも月島はそう思ってる)から、心底は鶴見を疑えないのだよな。
死者を思い遣る心を人質に取られてる。

ひょんなとこで出てくる杉元。
旅順攻囲戦のときから続いて、なんだかんだで鶴見隊とすれ違ってる。

「いいのか?」て言ってるのは二階堂ツインズ?

杉元が抱えてるのは重傷で末期の寅次だ。
寅次も奉天会戦で戦死したようだ。
旅順攻囲戦のとき、杉元が白襷隊にいたってエピソードがあったし、もしあの時点で寅次が死んでたら、梅ちゃんのことがあるから杉元が決死隊に参加するはずもないと思った。
親友の死で、杉元は生き延びなければならない理由が出来た。

脳ミソ欠けたばかりなのに、元気すぎるだろ、鶴見。
……あ、鶴見の着物姿って初めてだ。

鶴見の語る、えご草ちゃん事件の顛末。
鶴見「裁判もなしに監獄から出すための工作だ」……裁判し直したら真相が徹底的に調べられちゃうもんね。

月島、不遇な生い立ちだけど、性善なんだよな……彼を過酷な謀略に引き込むためには相当に手の込んだ作劇が必要だったわけで。

この時点で、もう、網走の集団脱獄事件は起きた後なのかな?
ゴールデンカムイの物語の始点、杉元とアシリパさんが出会ったのを、恐らく1906年春として(杉元が梅ちゃんほっといて何年も砂金浚いしてるとは思えないので、05年秋に終戦してその直後の春のはず)*2
七人のアイヌ殺し・のっぺら坊の収監は5年前=01年、網走の集団脱獄は04年後~05年前半、花沢師団長の死は05年秋(終戦後、旭川に雪のない季節)。
第七師団の満州出兵が決まったのが04年の8月で、鶴見はそれ以降、ずっと満州にいるはずで、集団脱獄事件のことは知ってるのかどうか。知ってるならどういうルートで知ったのか。旭川留守居隊にも鶴見の仲間がいるのか。

鶴見「この戦争はもうすぐ終わる」
奉天会戦が05年3月上旬。ちょうど、この話の掲載されたヤンジャンの号(3月8日発売だった)と同時期。*3
ポーツマス条約が調印されて正式に戦争が終わるのは9月5日、もう半年待たないとね。

鶴見、「例の計画」をいつから練っていたのかわからんが。
開戦時には、まだ、北海道独立の野望はなくて、でも金塊のことは知ってた。
私利私欲で金塊を追おうとしてたのか、或は戦前からなんらかの大義を持っていたのか?
戦費調達に必死だった政府や軍中央も金塊のことを知ったらほっておかないはずで、それを隠してるわけだから、なにか謀略を懐いてたのは確か。

月島の目が揺るいでる。
この、「目の揺るぐ」描写、11巻の尾形以降、たまに見るようになった。
「目が光る」描写はスイッチ入っちゃった表現だけど、「目が揺るいでる」のはもっと根本的なクラスチェンジのように見えなくもない。

基ちゃんの婚約者が死んだ。
→実は親父のデマのせいで自殺した
→実は東京に嫁いでいった
→実は親父が殺した
→実は彼女はやっぱり東京にいる
――ってここまで二転三転すると真実はどうでもよくなってくる。

もし、いご草ちゃんが東京で生きてるのなら、クソ親父も実はそこまで悪人でもなかった、彼女の幸せに一役買ってくれた人物ってことになる。そんな父を殺してしまったという後悔もあるかもだけど、自分は殺されて当然の極悪人の息子ではなかった、っていうのは大きいよな。
あるいは、彼女が、父親のせいで自殺したにせよ直に殺されたにせよ、死んでいたのだとしたら、もうこの世に彼女はいないという絶望と、やはり父は極悪人だったってことを受け入れなければならない。

その二つの選択肢を鶴見は提示した。

ふと、(映画『MATRIX』の)ネオに赤と青の薬を差出すモーフィアス思い出す。 モーフィアスはギリシアの神モルペウス(Morpheus)に由来する。 モルペウスは人に甘い夢を見せる神で、シンボルはケシ。阿片の陶酔を司り、モルヒネ(morphine)の語源でもある。

月島は、甘美な夢を選んだ。

鶴見が信用できないって、ほんとは月島もわかってるんだけど、なんにしても、二度と彼女と会うことはないのだから*4、真相を確かめることには意味がない、鶴見が提示した選択肢のうち、心安らげるものを選ぶだけ。

結局、えご草ちゃんの運命の真相は、読者にも、明かされない。
月島が納得したのなら、それ以上、探ろうとするのも無意味かな……
こういう、「ホントのところ」を語らないのって、このゴールデンカムイって作品の真骨頂にも思うんだけど。
後々の伏線にもなるし、正しさをメタな立場からウエメセで俯瞰し裁定する者が不在なのだ。
絶対的な存在がいない。

私にはどうしても、尾形と月島の違いが気になってしまう。
どちらも親殺しの凶状持ちだけど、鶴見に付き従ってる月島と、離叛した尾形と。
月島は、鶴見が信用できないことを気付いてはいるけど、鶴見の言葉を否定したら、もう、生きる意味がなくなってしまう。だから、彼の甘言にすがるしかない。悪魔(メフィストフェレス)によって救済される。
一方で尾形は、冷血ゆえに、鶴見の甘言を疑いつつも絆を求めて敢て騙されるようなことはしない。既に親殺しによって自身を救済してるので、最早、救済や絆を必要としない。
鶴見「そして私の戦友だから…」って、8巻78話の、「仲間だの戦友だの……くさい台詞で若者を乗せるのがお上手ですね」を思い出させる。
乗せられた若者と、たらし、と切って捨てる若者と。
生きるためにウソでもいいから他者との絆を求める者と、
生きるために自分から絆と断ち切って孤高を保とうとする者と。

最後のページ、モブ兵士との無言のやりとりで、この月島との会話でも、鶴見の言葉が全く信用できないって匂わされてる。
なぜに、9年も経って、鶴見は、えご草ちゃんの物語の続きを、月島に語ったんだ?
満州の戦場を目の当たりにして、野望を実現させることを考えて、そのために優秀な兵士が要るのだから、手の込んだ物語で月島を誑しこみにかかった……のかな。

鶴見「信頼できるのはお前だけだ」
……ってこの殺し文句、何人に言ってるんですかね、鶴見さん。

鶴見「身の毛もよだつ汚れ仕事」「阿鼻叫喚の地獄へ」……って自覚してるんだな。*5
……ん、この時点で、鶴見は、刺青のことを知ってたの?? 網走の脱獄事件はリアルタイムの1年ちょい前、リアルタイムが06年にしろ07年にしろ、05年3月の時点ではまだ脱獄事件起きてないよな。
刺青の死刑囚達の顔ぶれはどうやって知ったのか。

月島、腹なんて、心や魂を象徴する部分にデカイ傷を負ってる、しかも鶴見の頭の傷と同時に、ってとこが象徴的だ。
スティグマになりそうな。
いつか月島は、鶴見を庇ってしまったことを後悔するのか?

月島は、死の間際に、自分を取り戻して、「時よ止れ」って言えるのかな?

サブタイトルの『遺骨』って、
月島の婚約者・満州に埋められた戦死者達・それに寅次、3つの意味があるのだな……
月島は、少なくとも表面上は、鶴見の説を受け入れたので、彼女の遺骨は存在しないことになってる。(しかしサブタイでわざわざ「遺骨」って言ってるってことは、ホントは、月島も彼女は死んだと気付いてるのかな。認めたくないだけで。)
鶴見は戦死者達の無念に報いようとしてる。彼の大義は信じてもいいように思うけど、そのために手段を選ばないのが、マキャベリストの所以。
杉元は、寅次の遺骨は指しか持帰ることが出来なかった。*6

そして15巻はここまでになるのかな。

*1:あ、もしかしてこれ、82話で尾形が兵士に組み敷かれてたときの笑顔と対になってるのか? 鶴見に誑しこまれた兵士を嘲笑ってた。とすると今回も、月島を落としたって勝利の笑みだ。尾形と鶴見、やっぱり似た者同士なんだよな……(笑)

*2:終戦後に一旦梅ちゃんに会いに行って、その時に関東で3~4月の風景だから、それが06年、その後11月に満期除隊になってリアルタイムは07年春以降、って説も。

*3:奉天陥落が3月10日で、この日が日露戦争の雌雄を決した日として、陸軍記念日と定められた。40年後に米国はこの日に合せて日本の首都東京への大空襲を実行したわけ。

*4:自分は親殺しの凶状持ちなんだし。

*5:罌粟の花冠を載せながら悪魔がいう。「死を手に入れろ あらゆる欲望を欲しいまま 七つの大罪すべてと共に」――て、ランボオの一節ちょっと思い出した。

*6:『死体の博物誌』によると、WW2中の話で、日本軍では戦死者を纏めて荼毘に付すので誰の骨かもわからない、それでも骨が帰ってくれば良い方、なんて状態だったので、同じ部隊の仲間が死者の指を切り取って持帰るという習慣があったそうな。いつからなのかわからないけど、日露戦争のときにもあったのかもね。