day * day

日々是々

尾形と弟君について、考えてたこと。

Twitterに呟いたの)

金神165話「旗手」感想 ゴールデンカムイ - day * dayにちょろっと書いたけども。

昨年2017年1月12日発売のヤングジャンプ通巻1808号で「あんこう鍋」のエピソード読んでから、ずっと、尾形の肉親殺しについていろいろ考えてた。
特に、弟君(当時はまだ、“勇作”の名前が出てなかったから)について。
父や母については、一応、説明されてるけども。
弟君なんて、尾形「俺が後頭部を撃ち抜きました」の一言で殺されてしまった。

何故、尾形は、戦友で上官で実の弟でもある弟君を殺したのか、と。
しかも皮肉屋な尾形が、“高潔”って、ほぼ唯一好意的に評してる人物だ。
一体、どんな理由で弟君は殺されなければならなかったのか?
説明されないだけに一層、想像が膨らむわけです。

最初考えてたのは。

  • 弟君が、実は、ヨコシマか、愚かな人物で、部隊の皆からも憎まれていたのを、尾形が一人汚れ役を引受けた、緊急避難的殺人。
  • 戦場で重傷を負って足手纏いになったので、安楽死
  • 兄弟の対立が深刻化して、正当防衛。
  • 師団長殺しの陰謀の一環。

……だけど、どれもしっくりこない。

ふと、尾形って、殺人を、「仕方なかった」って御為ごかししたり、「あいつは死んでも当然」などと正当化したりするような、つまらない奴なのか?と思い至った。
そんな、皆が納得する、在り来たりの、凡百の殺意を抱くようなキャラだったとしたら、私が惚れ込むのに値しないんだ。
師団長殺しの陰謀の一環というのがまだ、一番、ありそうに思える。

やっぱり弟君は、とことん、善人であるべきなんだ。
殺されるような理由がない人物じゃないと。
尾形自身も「高潔な」と言ってる、それは本心からだろう。

そんな人物をも殺してしまうのが、尾形っていう人間であるはず。
彼はあくまで自己責任で、利己的な理由で、手を下す。

尾形は、弟君を多少なりとも見下してたのだろう。
繊細で、ひたすら育ちのいいお坊ちゃまで、人も殺せないような、軍人にはあるまじき脆弱な精神の。

だけど、そんな弟君は、善人で、そして愚かなゆえに尾形を憐れんでしまった。
弟君の、最大限の愛情と憐憫が、尾形のプライドを傷つけて、殺意の引き金を引いた。

……てなことを考えて、『山猫』(→「山猫」/「華猫」の小説[ pixiv] )を書いたわけです。

どうせ、尾形の過去話なんて本筋に関係ないし、これ以上、公式で詳しく書かれることもないだろうと、当時は思ったんだ……

それが、単行本11巻の加筆修正でちょっと慌てて、で、先日の164/165話で打ちのめされた、ていう。
もちろん、具体的なストーリーは完全にオリジナルだし、確執の原因もまったく違うんだけども。

なによりも、死屍累々とした荒野で、弟君が泣きながら兄を抱き締めてる、兄は無表情で静かに怒りに駆られつつある……というシーンを夢想してたら、それが原作で描かれてしまった。

なにが言いたいかってったら、
まあ、基本的な部分、尾形や弟君の性格について、などが、おおむね読みが当たって嬉しい、作者氏の世界観、作劇のテイストに自分はついていけてるんだなあ、と。

尾形みたいな、非定型的な人間にとって辛いのは、周囲の無理解のはず。当人はあるがままにいるつもりなのに、周囲が間違った憶測をして勝手なことを言って望んでもいないものを押し付けてくる。
非定型ってもいろんな種類があるけど、尾形の場合は、いわゆるサイコパシー、良心の呵責や罪悪感、他人への共感を覚えないっていうタイプなようだ。
それは、「冷血」って書かれたり、繰り返し描かれたりしてるんだし、今更疑うまでもないんじゃなかろか。
本人も「何かが欠けた」って自覚してるくらいだし。
しかも、どうして自分がそうなのかって理由がわからないのだから、幼少時に酷い虐待を受けたとか、環境のせいではなさそうで。
作者氏、なにがスゴいって、そういう彼を、サブカルにアリガチなサイコな殺人鬼じゃなくって、ちゃんと内面のあるキャラとして描いてるんですよ。
滅ぼされるべきあるいは改心すべき悪人や異常者ではない、ちょっと非定型なだけの“普通の人間”として。「人殺しの心理」について、犯罪心理学という以上に、もっと深いところまで探究しようとしてる。

勇作君*1のアプローチは最悪なわけですよ。
全否定とパターナリズム
自分の枠組みの中でしか解釈しようとしない。
「そんな人間はいない」
「いつかあなたにもわかる」
……うるせえよ、って言いそうで。

*1:ずっと自分では「弟君」って呼んでたので未だに「勇作」って名前に違和感が……