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日々是々

金神17巻の感想 上 ゴールデンカムイ

カバーは予想どおり、
尾形百之助!

*1

紙本特典の裏表紙は、勇作さんですよ!
紙本限定特典其二の本体表紙の衣装図鑑は、ポクト、ウイルタ民族の衣装だそうで。

今巻はなんといっても、尾形が主役。
表紙になるのも当然。
スナイパー対決から始まって、103話から引きずる凄烈な過去話と、「山猫」。
尾形が主役なだけに、全体、シリアスで重い。
そして終盤に登場するヘビー級な、新たな女性キャラ。
前巻とだいぶノリが変わった。

目次の絵は、161話の扉だった絵。
扉が尾形とアシリパさんて珍しい。

DVD同梱版の質問箱出張篇が盛大にわらかしてくれた。
え、杉鯉の官能小説とか、何書いてんですか!
そうか、尾形は、美形で歯医者なのですか、そうですか。*2

目次

続きは以下。
金神17巻の感想  ゴールデンカムイ 下 - day * day

本篇 161~165話

第161話「カムイ レンカイネ」

18頁の中で、日本語・アイヌ語・ウイルタ語・ロシア語が飛び交うなんて、スゴい。
なんて多民族漫画。*3

尾形が狩人から戦士に。
途端に饒舌になるオガタ。
銃撃戦なんて、尾形は得意中の得意なんだろう。

おお、ロシアの狙撃手ヴァシリくん、なんか、二枚目になってるぞ……?

ヴァシリ「ウイルタが日本陸軍の最新式の小銃を持っているはずがない」
尾形「木の陰からモシン・ナガンの銃身が少し見えた」

あの距離から三八式の識別できたのかっ。三十年式と三八式、機関部のダストカバーとボルトレバーしか違いないんじゃ。
尾形もこの距離でモシン・ナガンと識別してるし。
お互い、狙撃手って目が良すぎ。

尾形「そもそも国境侵犯だとして」
アシリパ「私たちを待ち伏せてたと言いたいのか?」

あ、ここでやっとアシリパさん、今回初めて口を利いた。狩猟ではなく戦闘の場面だと、アシリパさんは存在感薄くなっちゃう。
尾形とアシリパさんて、理性的なとこが共通してる。
この二人、理性の両面を象徴してるようにも思える。尾形のエゴイズムとアシリパさんのモラルと。全体、男性が衝動や情熱、女性が理性を表現してるけど、尾形は男性キャラの中では合理的理性的で、そのへん、女性に人気の所以なんだと思う。ただし「自分がなりたいキャラ」として。

焦ってるうちにロシア兵の隊長撃たれた!
尾形嬉しそう(笑)
この尾形、連載時よりも美人になってる……!

キロランケは情熱に浮かされてる。彼が暗殺事件の現場から逃げ延びて今迄生きてるのは幸運があったからかも知れない。
対してあくまで合理主義に徹する尾形。
尾形「全ての出来事には理由がある」 ……いやまあ、たまには、すんごい偶然ってのもあるけどさ。
その結果をもたらすのは、誰のチカラなのかってことになっちゃう。
尾形は徹底した無神論だ。

アシリパ「助けたことは絶対に間違ってない」って言い切れるアシリパさんがステキ。

あーキロランケと、尾形、十以上も歳が違うんだ。キロはアラフォー、尾形は20代後半。
キロがサンクトペテルブルクにいたころちょうど尾形が生まれたくらい。
キロは数十年かけて、蝦夷が島まで辿り着いた。

キロは革命の情熱を数十年も燃やし続けてた。
革命なんて情熱がなきゃやってられませんて。*4
いろいろあって樺太から北海道まで落ち延びて来たときにはもう革命を諦めかけてたのかもだけど、そこでアイヌの金塊の話を知り、再び情熱が再燃した。

尾形も、神や愛なんか信じない、て、徹底して合理的理性的でいようとして、でも詰めが甘くて往々にして死にかけてるけど、その度に偶然や人に助けられてる、それこそ、彼が否定しようとしてる神や愛ってやつだよね。

尾形「日露戦争延長戦だ」
杉元一行もまた日露スチェンカ対決なんてやってたけど、あっちは殴り合いなんて、生身で、汗と体温と筋肉が熱くて、お互いの顔と顔くっつけ合うくらいの、肉体の衝突だったのに。
尾形達と来たら、遠距離での銃撃戦なんて、冷徹で、火薬と金属の熱、なんて、とことん非人間的な対決ってのが、イカニモ。
尾形と杉元の違いを端的に表わしてるみたいだ。

第162話「狙撃手の条件」

ずっとロシア兵狙撃手ことヴァシリくんの視点で話が進むけど、主役は尾形だ。
こういう、第三者の視点で、じっと意識の中心に主役を据えて、その対象の人物を際立たせるって語り方。

わざと致命傷を与えない。
こういう狙撃の戦術って、もう確立されてたのかどうか。そもそも遠距離狙撃が出来るような精密な銃が実用化されたのってかなり近代だ。
でも狙撃手なら本能的にわかってるかな。
狙撃手なんて特殊な人材ですからしてw

冷血で獲物の追跡と殺人に強い興味があるような人間である
うわあ……ゾクゾクしてくるな!
こういう記述に、つい、「よっしゃあ!」とガッツポーズしたくなる。
知ってた! 知ってた! 尾形がそういう人物だって!
尾形、いつもは、物静かでちょっと性格悪いがイザってときは頼れる軍人さんみたいに振る舞ってるけど、やっぱり本質は冷血で、怒りも怖れも憎しみもなく、淡々と本能的に獲物を仕留める殺人者ハンターなんだ。
大好きだけどね、そういうキャラ。もおワタクシの好きなキャラの直球ど真ん中ストレートですよ。

この「良い狙撃手とは」のコマの尾形、静謐で、美形だ。
「やってやるぜ!」なんて殺気を感じさせない。
尾形が人を殺すのに、強い殺意や衝動や覚悟なんか要らない。道理があればいい。*5

ヴァシリくんが、一人、わざと歩みを遅らせて、味方を囮にしてる。
「エサ」ってまんま、谷垣狩りのときの二階堂と同じ。

尾形が照準を覗き込む表情がイイ。
猫みたいなw

ブービートラップであっという間に二人、戦闘不能。さすがキロ
出来れば3人とも仕留めるつもりだったんだろうけど、戦友達を囮にするためにヴァシリくんが距離置いてた。用心深い。
手投げ弾、実はキロちゃんが実用化していた……!

獲物に執着するヴァシリくん。ふむー彼もまた神を信じない人であった。
すっかり皮を剥かれた柿を手にする気はないと。
このプライドの高さも尾形と通じる。うーん、尾形が、キロが「撃たれなかったこと」については疑問に思ってなかったのは、同じココロの持ち主として相通じてるから?
「獲物の生き死にを決めるのは」
「神のような全能感」ともいうようですよ、この狙撃手の心情。
相手からは姿も見えない遠距離から、相手の生死を握ってる。「新世界の神になる」てヤツですよ。
だから狙撃手なんて味方からも恐れられ、疎まれるわけで。

キロちゃんの本名が明らかに。
ユルバルス
タタールの名、同じ名の歴史的人物がいるらしい。そうかー彼は中央アジアの人なのか。え、じゃあ、彼はムスリムだったりするん??
ユルバルス、虎の意味だそうで(→Юлбарыс — Wikipedia*6
キロランケの眼から光が消えてる。

アシリパさんと白石、すっかり蚊帳の外。
二人とも、ウイルタ語もロシア語も出来ないし、戦闘に関しては素人だもんね。

もー狙撃手同士、通じ合っちゃってる。
お互いにお互いの解説してみたり。
心理の読みあい。

チェスのような心理戦。
山猫二人が、ワルツのようにステップを踏み合う。

第163話「指名手配書」

ロシア兵ヴァシリくんの視点で始まる。
トリガーに指掛けて撃つ寸前で躊躇うヴァシリ。

ここらでもう死亡フラグがっ

イリヤも死亡。
脇腹撃たれて、即死はしないけど致命傷には違いなかった。*7

キロランケ、1881年3月に15歳ってことは、1865か6年生まれ、リアルタイムが1907年と言われてるから、41・2才ってことに。
……もっと若いと思ってた……
投げた爆弾が馬に当って慌てるキロ。馬は殺したくないよねえ。
そこをすかさずフォローする……ウイルク。

貧相な顔のジジイに見えるけど、これが皇帝のアレクサンドル2世(→アレクサンドル2世 - Wikipedia
遺影の写真*8だと大礼服着てる。

「ウイルク Wilk」はポーランド語で「狼」*9の意味だそうで。
キロランケの本名ユルバルスが「虎」の意味だから、狼と虎のコンビ。

ウイルクの傷は皇帝殺しの傷だった。

14巻139話のキロちゃんの台詞、
キロランケ「金塊の情報を古い仲間たちに伝えに行くはずだったのに…」
いろいろあって極東の蝦夷ヶ島まで辿り着いたときには、ウイルクはむしろアイヌ独立運動にシフトして行った、と。
キロランケはまだ革命の情熱に燃えている、というか金塊の情報で焼け木杭に火がついたんですかね。

キロちゃんがデカい風呂敷広げてる一方で、二人っきりですごーく濃密な対決をしている山猫たち尾形とヴァシリ。二人のために世界はあるの。*10

ハナから、尾形が、ヴァシリを呑んでる。
尾形のほうが上手なんだ、狩人として。
人としてはダメなんだけど。

何がスゲエって、尾形、自分自身を囮にしてるんだ。
ヴァシリが一流のスナイパーだから、きっとデコイだと思うだろう、棺を見て屍体と入れ替ってると考えるはずだ、と。
ヴァシリがもっと考え無しのヘタレか、尾形の計略すら読める人物だったら、最初に撃たれてた。
尾形、完全に相手の力量を見抜いた。

雪を食べてる尾形、目の色が違ってて、コワイ。
妖怪じみてるんだけど、さらに、能面の怨霊みたいだ。
「此世の者ではない」と。*11
死者の面をかぶり、屍体になりきってる。
尾形はあっさりと人間であることを捨てられる。
一晩中、微動だにしない。
木化けじゃなくて、屍化け

撃たれたのは顎だけど、頸動脈切断してたら、まあほぼ即死だよね。
人間を捨てられなかったヴァシリくんの負け。

ヴァシリを斃したのはいいけど、尾形もまた、無事では済まなかった。

第164話「悪兆」

尾形が手にしてるのはストックからして、三八式でなくて、ベルダンかな?
(三十年式・三八式の有坂銃は、精密射撃向けに銃床が拳銃の銃把のような形状になってるって特徴が)
*12

風邪引いた尾形……寒さに弱いらしい(猫だし、ハーフ薩摩人だし)
なんか見えちゃってる。

先刻まで死人になりきってたし、熱に当てられて幽界かくりよに片足を突っ込んでるのかも。
能面のようだと思ったら、そういや能って大抵、死人との対話の話だ。

こんな状態の尾形の前に現れるのが、勇作君、てね。
尾形は多くの人を殺してて、しかし人殺しに良心の呵責を感じる人間じゃないんだけど、でも、勇作君は、特別な人ではあるのだ。

薄明の白飛びした風景に、唯一、真紅の血の流れをたなびかせて。
雪原を行く橇の絵が美しい。ここはもはや生者の領域ではないらしい。
現実には他の皆もいるはずなのに、何故か、この世界では、二人っきり。
血を流しながら、自分を殺した兄様の心配をする勇作君。
自分が死んだことに気付いてないのか、兄様が殺害者だと知らないのか、全て知った上でやっぱり兄様 LOVE なのか。

そしていきなり戦前の話に。

勇作君! 兄様に誘われて頬染めてるとか!
相変わらず勇作君の顔は秘密らしい。

尾形には不釣り合いに高そうなお座敷なんですけど。
しかも、尾形は兵卒なのに、上座で胡座かいてる。
勇作君は下座で正座。
軍隊の階級なんかより、あくまで兄者を尊重してる。ほんとに、高潔な人だ……

屏風の向こうの空間がイミシンだ。
童貞(チェリーボーイ)と指摘されて固まっちゃった勇作君。
尾形はだいぶ遊び慣れてる様子。
言葉を弄して勇作君を堕とそうとする。
なんだー尾形、こういう顔も出来るんじゃないですか。いつもの酷薄なウエメセの笑みじゃなくて、誘惑するような、婀娜な笑顔。
こればっかりは兄様の誘いでも承諾できない勇作君。

ウイルタの信仰について。
シャーマニズムって言葉そのものが、この「サマ」やその近縁の言葉に由来する。

「シャーマン」という用語・概念は、ツングース語で呪術師の一種を指す「šaman, シャマン」に由来し[1][注釈 1]、19世紀以降に民俗学者や旅行家、探検家たちによって、極北や北アジアの呪術あるいは宗教的職能者一般を呼ぶために用いられるようになり、その後に宗教学、民俗学、人類学などの学問領域でも類似現象を指すための用語(学術用語)として用いられるようになったものである[1]。 - (https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A0)

「音楽は霊的なものであり「無意識」に深く影響する」
例えば、精神的や器質的な障害で、失語症になって喋れなくなった人でも、歌うことは出来るんだそうで。*13
脳のある部分に電極あてると一時的に喋れなくなるけど、歌うことは出来る、って研究もあった。
歌うときは、喋るときとは別の脳の部位を使っている、っていうのが現代の知見。

……でも伏せってるときにむしろキツいwww
尾形「うるせぇ」
デスヨネー

病んでる尾形ってセクシーだ。
なんか、尾形っつーと、火鉢抱えてる。
発汗療法。自律神経整えるってやつですかね。
尾形、後悔してるん? そんな繊細な神経持ってるのかっ。
勇作君、すぐ側にしゃがみ込んで心配そうに兄様を見守ってる。

キロランケ「病人には「アンバ」という悪い化物が憑いていると彼らは考えていてな」
のコマ、本誌連載時は、
キロランケ「良くないものがとりついているそうだ…」*14
だった。サマの人も気配を感じ取ってた、つまり勇作さんは客観的にその場に存在してる超自然的なナニカだった。
それが、キロの台詞が一般論になって、勇作さんはどうやら尾形の脳内だけに存在してるらしい。

勇作君、あらゆる意味で化物だからね!?
尾形の回想の中にしか登場しない・最初は肖像以外は1コマだけ・物語のリアルタイムでは既に故人・顔も描かれない・なのに、

……化けて出る……
なのに本人はとことん善い人で、「悪い化物」ではないっていう。*15

再び、戦前。

鶴見の登場。
どうやらこのお座敷の支払は鶴見の模様。

尾形「もう結構です 中尉殿と大事な話がありますので」
遊女にも敬語を使ってる。
遊び慣れてる様はあくまで勇作君向けの演技だった模様。*16
よく見ると膳の小鉢にもあまり手を付けてない様子(単に、椎茸が入ってたのかも知れない)
鶴見の前で居住まい正して、襟も合わせた。*17

尾形「たらしこんでみせましょう」

ぎゃあ。

なんなんだよこの展開……
なんでこんなヲトメ歓喜な話になるんだよ……

作者氏のサービス全開。
つくづくファンの期待を裏切りませんとも。

ヲトメの魂が勃起する。*18

戦前の時点で、鶴見は金塊ゲットする、或は他の、なんらかの陰謀を企ててたようだ。戦死した戦友達に報いるっていう動機もちょっと怪しくなってきた。

鶴見「正義感が強ければ」って、自分達に正義がないと鶴見はわかってるし、尾形もそれを承知の上なんだ。
この二人、やっぱり似た者同士の陰謀仲間だw
二人して口角上げて微笑してる。
この頃はまだ、2人の仲は良好な模様。頼れる上官、忠実な部下の関係だ。

意外なことに、この二人が直に会話してるシーンって、初めて。
103話では「会話」してない。鶴見が一方的に喋ってただけ。
二人とも、信用出来ない人物なのは確か。
尾形には人殺しへの禁忌がないから、鶴見としては、便利な工作員として使うつもりだったんだろうけど、忠誠心もないので、結局は逃げられる羽目になる。
尾形は鶴見の陰謀に一番深いところで関わってた気がする。

鶴見「高貴な血統のお生まれだからな」
花沢中将の元ネタの一人の大迫尚敏(→大迫尚敏 - Wikipedia)は、日清戦争の後で授爵されて男爵に、日露戦争の後で子爵になってる。
花沢中将自身の血統なら、尾形も継いでるんだし。
軍功で授爵された人に対して、「高貴な血統」って言い方はしない。血統じゃなくって実力で得た地位なんだから。
花沢中将の正妻が、維新前からの堂上華族とか臣籍降下した元皇族の家の出かな?
勇作君が、格式張った華族の血を引いてるのなら、兄弟の序列にコダワルのもワカル。特に堂上家は実力や世俗の地位よりもとにかく家格や家の中での序列が重視だから。

生まれとか血筋とかにコンプレックスがある。
花沢家の子だったら尾形も士官学校から将校になれたんだけどね。*19

というか。
尾形自身、「悪さ」の結果に生まれたわけなんですが。
そういうのは気にしないのか、それがコンプレックスの一つでもあるのか。
「愛のない交わり」の結果、今の自分がある、それを受け入れてはいるけどまだ納得しきれない様子。
結局は、父を殺すことで、迷いを断ち切ったのかなあ、……って思ってたら、ちっとも断ち切れてないっぽい。

さっさと逃げ出そうと持ちかける白石。
臆病者だけに勘がイイ。
そこが脱獄王たる由縁。慎重に慎重で。

キロランケ、タタール人なのか。
キロとウイルクの、虎狼コンビ。
彼等はあくまで少数民族独立のため。社会主義革命よりも民族自決
キロランケの目に光が戻ってるから、彼は本気で信じてるのかな。

鶴尾の陰謀と、キロの陰謀と。

最後のコマの、アシリパさん、すごく大人の顔になった。
漢前だ……
このへん、この作品のヒロインが、アシリパさんじゃあない由縁。

アシリパさんは、杉元だけでなく、皆が、黄金のために殺し合うことを憂いてる。
暗号のキーワードを知ってるのがアシリパさんだけなのだとしたら、アシリパさんが死ねば誰も金塊を手に入れられず、民族運動も独立構想も瓦解するし、金塊争奪戦は終ることになる。
それにアシリパさんが気付いてしまったら、彼女は最悪、皆の救済のために、殉教を選ぶかも知れない。
それを如何に回避するのかって、杉元の大きな目的になりそうな気がする。

第165話「旗手」

いきなり戦闘の場面から。
われらが第七師団が攻囲戦に投入されたのは1904年の11月29日。

おお、勇作君、意外とw勇猛果敢だ。

4・5ページ上の見開きは、旅順港俯瞰図。
当時の地図(→Map_of_the_Encirclement_of_Port_Arthur.jpg (1686×2178)からして、二〇三高地の南西麓あたりからかな。(この地図だと、爾霊山ってあるのが、二〇三高地

淡々と敵を仕留める尾形。
このシーン、103話で少年時代にひたすら鳥を撃っていたシーンと呼応してる。
かつては母のために、今度は、日本軍、その師団長である父のために。
だけど結局、報われない。

鶴見は既に、有用な人材を密かに集めることにしているようだ。なにかの計画のために。
鶴見が厳しい顔をしてる。
今までにも邪魔な人物は密かに処分していた模様。
……ってことは、この後の展開、鶴見は把握してたんだ。
鶴見の計画に有益だから殺さない予定だったのに、尾形が殺してしまったのが、二人の離叛の原因なんだろか?

薄暁、死者の野を歩く兄弟。
小隊長殿ってのは、鶴見のことだよね、きっと。
やっぱり勇作君、屍体はキライな様子。
戦闘中はなんとか自分を鼓舞していても。

捕虜……これ用意したのは鶴見かなあ。
色仕掛けが失敗したから、今度は度胸試しをさせようと。
しかも、銃剣なんて、すごく近い距離で殺させようとしてる。軍刀ですらなくて。銃剣は先端しか刃がないので刺すだけの刃物。相手の肉体を刺すというのは、性的暴力の暗喩でもあるわけで。
「さあ殺れ」と凶器を握らせる、
そういやこれ、鶴見と江渡貝のシーンのリフレインなのかな。鶴見は江渡貝に母親からの解放を迫ったけれど、尾形は弟君に堕落を迫る。

尾形も、単に陰謀仲間に引き込むというだけではなくて、たった二人っきりの兄弟だから、仲間が欲しいのかもね。
自分が唯一の存在ではない、兄弟なら理解してくれるかもって。
父と神が同一視されてること踏まえると、尾形が言ってるのは、要は、「俺と父とどっちを選ぶんだ」ってことなんだよな。

だけど、弟君は兄様の請願プロポーズを拒む。
個人の感情ではなくて、あくまで「父の言いつけ」として。それは言い訳に過ぎないのかもだが。
弟には、人殺しの罪科を負わせまいとする、身勝手な父。
手を汚させないという、祝福を与える。

尾形が、父のために敵を仕留めていたことは、無意味にされる。父はそんな捧げ物を望んではいなかった。

尾形「殺した相手に対する罪悪感ですか? そんなものありませんよ」
ここでも繰返される、彼の冷たい獰猛さ。

ただし彼はすごく理知的だから、頭で、「罪悪感を感じるべき、少なくとも感じてるふりをすべき」だと理解してる。
尾形「みんな俺と同じはずだ」 自分がマイノリティの側だと気付いてるけど、それを認めたくないんだ、この時点では。
自分だけが、普通じゃない――異常な――祝福されない――呪われた人間だとは思いたくない。

勇作「この世にいて良いはずがないのです」
勇作君は、ただひたすら、善良で、そして、愚かだ。
自分とは根本的に違う、兄様の心の有り様に、思い至ることができない。
彼の世界にはそんな人間は存在しない。
兄のほうが、分かってないと、憐れんでさえいる。
憐れむべき兄の心を救おうと、最大限の愛を篭めて抱擁する。

弟の慈愛こそが、尾形の殺意の引金なのかも。
弟君がめいっぱい抱きしめたから、尾形の殺意が決定的になった。
そこで弟君の憐憫、愛情を受け入れてしまったら、自分がこの世にいてはいけないってことになっちゃうもの。
尾形はプライド高いんだ。

身長差といい、ロングコートとゆるふわな外套って服装といい、周囲の屍体さえなければ、まるでラブシーン。
なのに数時間後には兄は弟を殺す。既に決心してる。
ラヴがタナトスに置き換わるって、このゴールデンカムイって作品の中では何度も繰り返されてるドラマだ。

なんでいまになってこんなエピソード、原作でやっちゃうかな――
尾形が勇作くん殺したくなった気持ち、「ワカル」んだよな……でも未だに、上手く言葉にできないんだけども。*20

後頭部を撃ち抜かれて――弟君、振向いちゃった。

このシーンに鳥肌立った。

彼は無表情だ。怒りでもなく、憎しみでもなく。
もう、聯隊旗も持ってない。

噫。勇作さんについて語られてるのは全て、尾形の記憶の中だけなんだ。
もしかして尾形、勇作さんのこと美化しすぎてませんかね……
だけど今後、穢れた勇作さんを見ることはない。
勇作さんは、清い姿だけを尾形の記憶に遺して死んだ。
彼の脳内に、良心として取り憑いてしまった。
もはや彼を殺すことは出来ない。

尾形、少しは後悔してるらしい。
ただし、弟君を殺したことの罪悪感というより、怒りに駆られてしまったこと、の気がする。
勇作君はちっとも怒りや恨みって感情を見せてない、それって尾形自身が、弟君に対して負い目や、憎しみだとかって、悪い感情はないせいでは。
彼が真に憎んでるのは父≒神なわけで。
ある意味、弟君の善意や愛情はしっかり伝わってるんだ。ただ、それが、兄の怒りを掻き立てた。

勇作さんに抱き締められたときに、ぶん殴って兄弟喧嘩してれば、尾形は弟を殺さないで済んだし、その後、取り憑かれずに済んだのかも。
勇作さんは、尾形の心の中にトゲとして残り続ける。
他の人はそれを良心や罪悪感と捉えるのだろうけど、彼にはそんな感情はないので、怒りとして沸いてくる。

103話で父に語った弟殺しの動機は、後付けかも知れない。
自分を否定されたことへの怒りが、直の動機で。
母にしろ父にしろ、百之助を無視・否定したゆえに殺されてるわけだし。

とすると、尾形の行動原理は一貫して居場所探しってことになる。
父や母に拒否されたときから。
土方に下ったのもそう。
その忠誠と慈愛があくまで表面的な関係だったにせよ、鶴見の下で有能な工作員として働くことが、実は、彼には最適な処世だったのかもよ?
鶴見の道具に成りきることで、自身に他から期待される人間性への違和感を払拭出来るから。
罪悪感のなさこそ、鶴見が最も欲しがった属性なはずで。
だけど、弟殺しが切っ掛けで、安住の地を出て、放浪をすることになるのだとしたら、それって、まさに、カインの物語だ。

皮肉なのは、旧約聖書では、農作物を捧げたカインと、屠った家畜を捧げたアベルが対比されて、アベルだけが祝福されるのだけど。尾形は敵兵を屠っても祝福されない、勇作さんは誰も殺さないことで祝福される、て逆転してるのだけど。

尾形は徹底して合理主義だから、自分からは行動できない、誰か導き手を必要とするように思う。
聯隊旗手は兵士を導く役目なのに、勇作君の導く先には、尾形のような、「人を殺して罪悪感を微塵も感じない人間」の居場所はない。

目覚めた尾形の前にはアシリパさん。
勇作君にしろアシリパさんにしろ、二人とも、尾形が殺した「神」の子なんだ。

以下、続く
金神17巻の感想  ゴールデンカムイ 下 - day * day

*1:

16巻の表紙の予想は当ったけど、17巻はきっと、尾形と、裏表紙は勇作君になるんだろな……
18巻はキロとウイルクで。
https://twitter.com/FaoMao/status/1068474187390509056

*2:尾形が歯医者と聞くと、どーにも映画『リトルショップオブホラーズ』に出て来るサディストの歯医者思い出して、イヤな予感しかしねえ。

*3:そういや、このマンガ、英語話者は、エディ・ダンしか出てきてないんだ。あと胡散臭い武器商人のトーマスさん。

*4:「革命よ永遠なれ。祖国か、もしくは死か。ありったけの情熱を込めて君を抱擁する。」――キロちゃんチェ・ゲバラ説。

*5:サイコパスの特長として、無益だったり衝動的な行動はしないのだと。よく混同される快楽犯罪者はその他の精神症状も併発してるだけという。→「サイコパス -冷淡な脳-

*6:最初「ユルバルス」の名前見て思い出したのは、ますむらひろしアタゴオル』シリーズに出て来るギルバルスだった……あれも復讐に燃えるヒーローだ。なるほど猫科ではある。

*7:ライフルの弾丸は高速で回転してるので、体腔に入ると臓器を巻き込んでミキサーにかけたようにシッチャカメッチャカにするのだそうで。杉元や月島が、満身創痍なのに、腹や体幹には貫通創ないのはそのせいなんだね。腹に食らってたら死んでる。

*8:Alexander II by Levitsky - アレクサンドル2世 - Wikipedia

*9:Wilk szary – Wikipedia, wolna encyklopedia、「Вилк」はポーランド語のロシア文字表記

*10:尾形が父権的なモノ全てを憎んでるのなら、打倒皇帝、て、キロちゃんの思想にシンパするのもワカルんだが。二人の接点は父=皇帝殺しで、それこそ神殺しの物語に他ならなくて、革命ってやつだ。皇帝殺しのウイルクが、父殺しの尾形に殺されるって歴史の繰り返し。でも尾形って新体制を作ることには興味なさそうで、むしろ全ての社会秩序の敵、アナーキストになりそうな?

*11:能面、怨霊や幽鬼は、白目の部分が金や赤。(→能面怨霊系一覧表

*12:f:id:faomao:20180630202933j:plain

*13:例えば、「エイミー」ってオーストラリア映画はそれをテーマにしてる。→[http://fandangostar.com/?p=1751 公開中の映画「AMY」もイイですが、もうひとつの「エイミー」も是非ご鑑賞あれ – ファンダンゴ]……ほのぼのではないけど佳い映画。

*14:
f:id:faomao:20200702133813j:plain

*15:
f:id:faomao:20190319132157p:plain
ゴールデンカムイ公式サイト│GKA総選挙結果発表

*16:童貞じゃないだろうけど、こいつ、性的なことよりも、人撃つほうが好きそうだよね。

*17:釦が多くね?

*18:鶴見と尾形と勇作君の三角関係が従前気になってる。というか二次界隈ですっかり馴らされてしまってたが、まさか、原作で、「弟君を誘惑する尾形」が見られるとか、「鶴見×尾形×勇作の三角関係」が語られるとか、
……ヾ(*ΦwΦ)ノ ヒャッホウ

*19:士官学校へ行くのはまず、士族・華族・皇族だけ。で、明治も末期になると、士官学校→大学校のルートじゃないと将軍にはなれない。花沢中将の世代だと軍功で将軍にまでなれたけど。

*20:こっちのブログはあくまで原作に沿った感想とツッコミを書く場で、あんなことやこんなこと妄想してる二次創作の場(https://pixiv.me/faomao)とはきっちり区別しようと思ってるんだけど、原作でこういう話を書かれてしまうと、とても平静でいられない。
すごく不遜で、口幅ったくて、おこがましいかも知れないけど。
昨年のヤングジャンプ2017年1月12日発売通巻1808号で金神103話を読んでから、ずっと、尾形の肉親殺しの物語のことを考えてた。いろいろと考えて、このブログにもウダウダ何度も書いたり、二次創作にまとめたり。
そのうち、「死屍累々の荒野を歩く二人」「弟君が泣きながら兄者を抱きしめてる」てシーンが脳裏に浮かんできて離れなかった。
それで、ちょうど1年前に、「山猫」( R-18 山猫 | 華猫 #pixiv)って書いた。アップが7/9になってるから、ほんとにほぼ1年前。 結末に至る経緯やセリフは全く違うし、腐な……つまり同性愛的な要素(「これはあくまでパロディなんだ」っていう最低限の断り書きの意味もある)も含んだ二次創作だけど。
とにかく、絵、が。死屍累々とした荒野で。涙を流してる弟君が、無表情な兄者を抱きしめてる。熱情と。屍体と生者。兄と弟――そんな、私が脳裏に思い描いたままの絵が、今になって原作で描かれてしまうなんてっ。
キャラや場面の設定とか、私は、作者氏の作劇のセンスについて行けてる、て思うと嬉しくもあるんだけどさ。きっと、私が漠然と抱いてる作品に対する想いが、大きく裏切られることはないのだろう、私が根本的に勘違いしてるわけではないのだろうと思うと、なんかもー作者氏にハイタッチしたくなるw
尾勇についてはまたこうも考えてた→尾形と弟君について、考えてたこと。 - day * day