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日々是々

金神23巻の感想。 ゴールデンカムイ

ゴールデンカムイ 23 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)


表紙は宇佐美。本文からして納得の人選。
しかしよくよく見るといろいろ疑問が。
彼のアトリビュートはハンマーになったようだけど、彼がハンマー使ったのって、網走に偽看守として潜入してたとき1回だけだ。そのときはホクロ君たちはまだ走ってないし、軍衣でもないし。
鶴見隊の網走襲撃のときは小銃だった。
なんで上着脱いでるんだとか。

裏表紙はなんだか神々しいというか禍々しい鶴見……→https://dosbg3xlm0x1t.cloudfront.net/images/items/9784088917047/1200/9784088917047_130.jpg
(使い魔宇佐美の召還の儀式って説も)
天を仰いでるけど、でもこの夜は新月だから、月じゃなくて、照明弾の光。
鶴見にとってはこの世が監獄=煉獄なのかも知れない。

網走が背景なのは15巻の月島もそう。
彼らはまだ監獄にいるのか。

紙本特典の本体表紙は、カパラミプでした。

口絵はこれ、第90話「芸術家」のカラー扉だったもの。
2016年9月15日発売号なので、ちょうど4年も前。

各話の感想。

第222話『刺青人皮』

そういや「刺青人皮」ってキーワード、第1回から出て来てるのに、サブタイになったのは初めて。

菊田と谷垣の会話は第213話「樺太脱出」からの続き。

菊田に質問されて、谷垣。 一瞬躊躇した挙句、鶴見の部下の一等卒であることを放棄した。 もう戻れない。 谷垣「マタギの谷垣です」の言葉は重い。 鶴見を裏切ってしまった。 鶴見がそれを絶対に許さないとわかってるのに。 耳鼻削ぎどころか生きたまま皮を剥がれかねないぞ…… インカラマッだってなにをされることか。 すがすがしく、目をキラッキラさせて、覚悟を決めた。

22巻の感想。 ゴールデンカムイ - day * day

ところが。
案の定、インカラマッ、妊娠してるじゃんー
何ヶ月よ? 受胎したのが8月だし。
避妊してないのに妊娠を想定してなかった谷垣、無責任な。

そもそも女性キャラ自体が希有だけど、中でもインカラマッは「母親」っぽい。
青い冠り物に赤い服ってカラーはもろに聖母マリア
一方で、ウイルクとの関係は、マグダラのマリアも思わせるし。

長谷川さんがあんな目に遭ったのに、家族を人質に使う鶴見。
むしろ長谷川さんの件があって、家族を失う辛さを知ってるからこそ、人質に使うのだとすると、彼の闇は深い。
あくまで、長谷川さんは仮面に過ぎなくて、鶴見の方が本性なのだろう。本質的に、人間性を信用出来ないって意味で、尾形なんかと同じ種類の人間なのだ。
あのマスクをつけたとき、鶴見は、装うのをやめて、本性を露わにした。

Man is least himself when he talks in his own person.
Give him a mask, and he will tell you the truth.
人がありのままの姿で語る時、その本音とは遥か遠いところにいる。
仮面を与えよ、人は真実を語るだろう。
―― オスカー・ワイルド

背後で鶴見にシンクロしてる宇佐美www

菊田「そこらの庶民は」
って菊田。
でも、兵士に報いたいって鶴見の方便は戦後のもので、戦前の鶴見は別の目的を掲げてた、ってこと、戦前から付き合ってる菊田は知ってるはずで。
菊田のこの一連の言葉は、軍人の傲慢さにも聞こえる。

このへん、一ノ瀬俊也『故郷はなぜ兵士を殺したか』*1で語られてる、前線と銃後の熱量の差と通じるかも知れない。
戦前戦中はさかんに戦争に熱狂し、煽っていた銃後の市民が、終戦後は急速に戦争を忘れていった、戦死者たちへの追悼行事も資金不足で中断したりした、と。

とはいえ。
満韓の権益をめぐって清やロシアと対立があって日清戦争は勝ったけど、日本には歴史的にロシアへの恐怖感が根強くて、だけど日露戦争自体が「必要がなかった」とも言われるくらいだし、ポーツマス条約で「勝利」とは決まってもロクに賠償取れない、「臥薪嘗胆」合い言葉に十年我慢してきたのに、と庶民側の不満も大きかったのは確か。

杉元一行、平太の皮。
あ、連載時と違ってる*2
「愉」が消えてら。
刺青の「暗号」、法則はあるけど、パターンが最初から全確定してるわけではないようだ。

アシリパ「熊そのものの姿を彫ったものは珍しい」
アシリパ「魂を持って悪さをすると」

あ、やっぱり。
サハリン・アイヌの熊祭―ピウスツキの論文を中心に (Academic series new Asia (31))*3や他の本によれば、人や獣の似姿を刻む伝統は北海道アイヌにはないとあって、気になってた。*4

ヴァシリがしれっと混ざってるけど、彼、まったく事情わかってないんでは。*5

小樽の永倉邸。
キラウシはなんだかひょうひょうとして逞しい。*6 土方は、アイヌ独立運動しようとしてるはずなのに、当のアイヌであるキラウシ自身は、あんまり運動に熱心でもないし、「帝国に呑込まれる!」て危機感もない。
彼自身は、周囲がどう変わってもなんとかやっていける、って、自負心が強いのかもね。しなやかにタフだ。

キラウシは、イノシシって見た事ないはずだよね。北海道にイノシシはいないから。
豚は飼育されてるの見たかも知れないけど。

のら尾形www
つくづく彼は猫っぽい。火鉢にしがみついてるし。
コイツが真に恭順するはずもなく。
彼が上目遣いで、しかも毛繕いしてるのは、嘘を吐いてるとき。
おそらく土方には、彼が嘘を吐いてるということがバレてるだろうしね?
網走のあの状況で、誰が、のっぺら坊や杉元を狙撃出来たのかって言ったら。
有古すら信用しない土方が、尾形を信用するはずもない。

相変わらず、彼の目的は謎。
尾形「俺の樺太土産はふたつある」……棒鱈はもう品切れ?

尾形「鶴見中尉たち
尾形は、鶴見個人ではなく、彼の率いる集団で見てるようだ。
かつて自分がその一員だったのに。

尾形も、また顔変わったよねーっ
1巻、5巻、6巻、8~13巻、14~現在と、それぞれキャラも顔も違う。
杉元一行にいたときは、先輩面フカしてたけど、土方一味にいるときは若いチンピラって感じだ。

土方一味も、土方個人への付合いで従ってる門倉や永倉、夏太郎は別にして、とりあえずカネが目的の牛山やキラウシって、結束力は緩い。
牛山や尾形、門倉なんかは、他に居場所がなくて、ここにいるだけにも思える。
鶴見への忠誠心で結束してる鶴見隊や、それぞれ違う目的で集まってる杉元一行って、それぞれ、グループの成り立ちが違って、それが、皆で共闘出来ない理由なのかも知れない。

尾形「向こうからも来るさ」のコマの尾形、そういや、こんな、金魚鉢の縁にかける猫のアクセサリーあったなあ……

皆の所有してる刺青人皮の一覧。

土方:16
鶴見:15
杉元:2

「残り4枚」なので、現在誰かの手元にあるのが20枚。
今のところ、永遠に失われたことが確定してるものはないのは奇跡だと思う。
(本誌だと23枚まで出てきてるしね)

第223話『二階堂 元気になる』

扉の3人、まるで学校じゃないですか。土方一味は修学旅行だし。

二階堂、メタンフェタミンとかwww モヒよりもっとヤバイもの出て来ちゃった。
本作のリアルタイムの1907・8年の時点で、メタンフェタミン覚醒剤の効果が知られていたかは、謎。(→メタンフェタミン - Wikipedia覚醒剤 - Wikipedia

鶴見隊、特に有坂さん周辺は、お笑い要素高いのにネタがブラックでww
軍隊組織の黒い部分象徴してるみたいだ。

土方一味、尾形がなにかと中心になってて、出番多くて嬉しゅうございます。
尾形「鶴見中尉」「あの男」「鶴見たちを」
呼び方が面白い。

鴨にすら当てられなくなってる。悔しいだろうなあ。
オオハクチョウ素手で仕留めた模様。どうにも猫が獲物に飛びかかる絵しか想像出来ない。
門倉「何でもかんでも獲ってくるなよ」
おみやげ持って帰るのは猫の常だし……
自信満々に見せに来るよね(猫)

土方一味では、尾形と有古とはここで初対面なんだ。
二人の身長差、頭一つ分以上違うのか……
尾形見るなり起立したようだ。
谷垣もだけど、有古も、尾形見ると冷汗垂らして怯える。よっぽど兵営で虐められたりしたらしい。
有古が恐れてるのを知ってるから、尾形、わざわざ胸に触れてる。相手の守備範囲を侵すことでストレスを与える。鶴見がよく相手を脅迫するときに触れるのと同じだ。
尾形は、上等兵なるくらいだから、絶対に、虐められる側ではない。虐められっ子は軍隊では出世しない。部下を従えるにはカリスマか恐怖だけど、尾形にカリスマ性はないから、暴力でねじ伏せるタイプ。小柄だし童顔だし体術得意でもないし、で、舐めてかかると、手加減なしで徹底的に痛めつけられる。
谷垣や有古は、私的制裁を止めに入ってとばっちりで殴られるタイプ。

尾形と有古の緊張に満ちた会話も気になる。
尾形「お前が鶴見たちを裏切るとは…分からんもんだな」
有古「私もあなたが裏切るとは思いませんでした」

単に、ここで出会ったことを意外に思ってるのか、それとももっと、お互い、鶴見に従ってた(作中ではまだ明かされてない)理由を知ってるからなのか。
どうせ尾形も、有古が二重スパイだと察するはず。鶴見のやり口を知ってるから。

にしても、有古の胸に触れる尾形、なんだか色っぽいな。

白鳥の逸話は面白い。
白髪に戦々恐々とする若者たち……って、門倉や牛山や都丹までしらっと若者グループに混じってる……
夏太郎・有古・尾形は20代、キラウシが30代のはず。
牛山や門倉は、尾形以下の若者たちの親の世代じゃん。
土方・永倉が、まるで修学旅行の引率の先生で、他の皆は生徒のようだ。

家永が鯉登を喰って若返ろうとする。
一方で、白鳥を食うと白髪になると怯える土方一味のカミセン。*7
同物同治って考えからすると、白鳥食べて白髪になるってのも理屈が通ってるな。じゃあコクチョウを喰うと黒髪になるんだろうか?*8
喰うことは命を繋ぐこと。獲物の生命、精霊を我身に取り込むことでもある。
なにか喰うことで、新陳代謝をして、ちょっとずつ変わってく。それを成長といい老化という。*9

尾形は迷信なんか気にしない。
刹那的、合理主義って意味で、土方と通じるものがある。
土方は、大義に殉じる覚悟があるけど、尾形は大義なんか信じない。

尾形がこのグループにいるのは、一人で鶴見から逃げ続けるのが面倒だから。茨戸でも樺太でも、ソロで充分にサバイバル出来そうだけど、なんだかんだで集団に居続けようとする。
とはいえ、おそらく彼は仲間を利用するための道具としか見てないようにも思う。

彼を動かすのは、まずは、戦士や狩人としてのプライドではなかろか?
鴨にすら当てられなくても、仲間たちが獲物であるオオハクチョウの鍋を食べてくれたことで、彼のプライドは満たされる。彼が求めてるのは祝福≒承認だろうか、という想定にも合致する。
グループが小さいほど、自分の存在感が増す。
鶴見隊は、鶴見一人の価値観しかないから、彼の大義や権威を信じてない尾形には、鶴見からの祝福や承認は価値を持たない。

尾形「死神から逃げ続けるのは簡単じゃねえ」 この顔も初めて見せる表情だっ
その「簡単じゃねえ」ことを今までしてきた自分を暗に誇ってる。
そのプライドに満ちた顔。

第224話『支笏湖のほとりで』

新たな刺青の脱獄囚、海賊房太郎
房太郎の元ネタは、吉村昭『赤い人』*10、小山豊太郎『活地獄』*11などに出て来る海賊房次郎
明治当時は有名な盗賊で、講談や浪花節にもなったらしい。*12

……全裸で御披露目!
刺青見せるため、て名目があるにせよ。
相変わらず、野郎ばかりがイイ脱ぎっぷりでございます。

水かきとか素潜りとか、まるでアクアマン……
土方もだけど、網走監獄、髪型自由だったんだ……犬童、優しい。

第225話『貧民窟』

ジャック・ザ・リッパーといえばシリアルキラーのレジェンド。 書かれた本は、研究本からオカルトから二次創作まで枚挙に暇がないけど、とうとう『ゴールデンカムイ』にも……!

扉の背景は、日本基督教団札幌教会礼拝堂(旧札幌美以教会堂)らしい。

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www.city.sapporo.jp

娼婦「あれ? あんた日本…」 の台詞が意味深。
ロンドンのジャック・ザ・リッパーも、恐らく英国外出身の外国人、ユダヤ系移民か、アメリカ人と言われる。
娼婦の殺害シーン、犯人は左利き。これも、実際、ジャック・ザ・リッパーは、傷痕からして左利きって言われる。

彼の凶器は恐らく、外科用ナイフと呼ばれるもの。これも史実でそう推定されてる。
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犯人の胸がはだけて例の刺青が……房太郎とも違う、22人目!

石川啄木「喉を切り裂かれ腸が引き出され右肩に掛けられていたと…」 の台詞からして、ジャック・ザ・リッパーの「公式の5人」の被害者の一人アニーチャプマン*13に擬えられてるようだ。
「先月31日に」とあるのは、メアリー・アン・ニコルズの殺害事件(1888年8月31日)を想起させる。

石川啄木。13巻124話「思い出の写真」以来だから、101話ぶりの登場ですよ!? 連載時からは2年半近く前。
石川啄木「殺されたらがっかりですよ」 「がっかり」かよ!
永倉「クズ」 デスヨネー。
石川啄木クズ伝説、とりわけ、同郷で高校時代からの先輩後輩だった金田一京助アイヌ語研究で有名な言語学者)の被害が知られる――下宿に住み着いて金田一の蔵書うっぱらって遊郭に行ったりとか。*14
そういう人物像を念頭にして、啄木の作品読むと、ひしひしと、コワイ(笑)→石川啄木 一握の砂

そして黙々と射撃練習する尾形。
やっと掠めるようになった?
彼がこんな真剣にアンニュイな顔してるの珍しい。こういう横顔は美しい。
彼は、刺青人皮だの、脱獄囚だのには興味なくて、狩人や戦士としてのプライドが大きいのかもね?
今回、ジャック・ザ・リッパーだの宇佐美だの啄木だのと、ロクでもないやつばかりなので、尾形が真面目な兵士に見えてくるじゃないか……

いつになく、宇佐美が美形に描かれてる。

彼も、暴力や虐待そのものを嗜好するタイプだ。
鶴見、そういう人物を選ってスカウトしてるのか。

網走で、辺見ちゃんと家永が同房になってたら、延々と、楽しそうに殺人と拷問について語り合ってたりしてそう。宇佐美もこの拷問愛好会に加わりそうな。鶴見も。尾形は微妙。でも傍で聞いてて急に割り込んできたりね?

鶴見「宇佐美はきっと札幌で役に立つ」
の真意は、ずっと後に……イヤな役の立ち方だ……

それはさておき、
宇佐美「僕が皆殺しにしてすべて奪ってやる」
この宇佐美、イイ顔しやがりますなあ。
彼の真剣な顔も珍しい。

明治28年、1895年。
日清戦争が4月に終結したばかり。→日清戦争 - Wikipedia

知り合った順は、宇佐美>月島>鯉登ってことに。
尾形と菊田はどこに入るんだろう。前々回の尾形の台詞から気になる、有古も。*15

鶴見の語る、戦場。

「発砲するふりをする」「敵兵を狙っていない」ていうのは、(このブログでもしょっちゅう言及してる)グロスマン『「人殺し」の心理学』が元ネタ。


敵の頭上めがけて発砲するどころか、まったく発砲しない兵士がいるのである。
<中略>
アメリカのライフル銃兵はわずか15から20パーセントしか敵に向かって発砲していない。

今までも、作者氏は恐らくグロスマンを参照してるんだろうなと思ったけど、モロに髣髴とさせる台詞が出て来て、すごく、嬉しーい。それも、よりによって鶴見の口から、ですよっ!? 確かに、こんな台詞を吐くのは、鶴見が一番に相応しい。
実際に従軍経験がないのだったら、戦場の兵士を書くのに、この本は必読*16
彼の本については、参照してるマーシャルの研究そのものが胡散臭いとの批判もあるけども、グロスマン自身も多くの警察や司法官、従軍経験者などにインタビューしたりしてる。ちなみにグロスマン自身は戦場で人を殺した経験はないそうだけど。

以下、断りのない引用は、グロスマンから。

鶴見「例外をのぞいて圧倒的多数の兵士は殺人に抵抗があり避けようとするのです」
それこそが、グロスマンのテーマの一つ(その本能的な殺人への抵抗感をいかに壊して、兵士を殺人マシンに仕立てるか、という軍隊の仕組みが、グロスマンの趣旨)。

同類である人間を殺すことには大きな抵抗感がある。第2次大戦中、75から80パーセントのライフル銃手は、敵にまともに銃を向けようとしなかった。自分や仲間の生命を救うためであってもだ。それ以前の戦争でも非発砲率は似たようなものだった。

人間の圧倒的多数は生まれながらの殺人者ではない。

宇佐美のフルネームが明らかに。
宇佐美 時重《トキシゲ》くんだそうですよ。
1881年生であるらしい。
尾形、宇佐美より歳下って話だから、鯉登の過去回からして1902年には入隊してるし、徴兵なら21歳、ぎりぎり1881年生。
志願兵なら17歳から入隊だから、尾形、最大、1885年まで下げられるけど、勇作さん(日露戦争開戦時に旗手だから陸士14期のはず。とすると82-83年生)よりは上だから、81-83年生?

やはり鶴見、ショタ属性かあああああ*17

ところで。
過去回、会話が全て、新潟弁になってる! 連載時は標準語だったのに。*18
新潟弁の鶴見は新鮮だ。もしかして、ウイルクやアシリパさんの日本語は新潟訛りがあったりするんだろか?
(いやたぶん、地元だからあえて新潟弁を使ってるはず。長谷川さんのときは標準語か、あるいはロシア訛りの日本語なんだろな、と)

言葉というのが、それ自体、ある種の歴史の記録だ。
歴史は言葉で綴られるものだけど、話したり書いたりする言葉自体が、その人の来し方、ルーツを物語る。
民族はまず言葉で定義される。

ウイルクの日本語はまず長谷川に学んだものだし、アシリパさんもそのウイルクに教わった。
だからアシリパさんの日本語は、長谷川さん=鶴見由来とも言える。

226話『聖地』

チビうさの物語。
穏やかなドラマの中にもひしひしと潜む違和感。

目がね。
チビうさ、2年前(1893年ってことになる)は瞳に光があるのに。
14歳のときにはそれが消えてる。
瞳の縁が揺らぐのは、感情の高ぶり。

マクラで示唆されてる嫉妬心。
チビうさに、智春への嫉妬心があったのか。

智春がいずれ東京の学校へ行くことはわかっていたのだけど、鶴見までこの地を離れるという。
鶴見「朝鮮半島というところで問題が起きてね」
この時分、日清戦争(1894年6月~)を控えて、朝鮮半島がだいぶ焦臭くなってるから、「問題」は続発してたろう。*19

智春は、チビうさを、親友と同時に、自分が成長するための試練の一つとして見てるんだよね。少なくとも対等のライバルではない。

まるで少年倶楽部かって、陳腐ですらある少年たちのビルドゥングスロマンが語られるかと思うと、宇佐美の豹変っぷり。殺人ウサミの発現ですよ。
このへんが、『ゴールデンカムイ』って作品だよ!

組み合ったときの宇佐美の瞳にもはや光はない。

宇佐美の家は明るくて健全に見えるけど。
宇佐美母「お父さんも強かったもの…」
の台詞が気になるところ。
その父の強さとは、爆発的な暴力性を意味してるのかも知れない。
もしかして、チビうさの頬の黒子、親に火箸で刺された瘢痕とかだったりしませんかね。

第227話『共犯』

鶴見は智春の父と知り合いらしい。
智春が通うことになってるのは、軍の幼年学校。
チビうさが「知ってた」というのは、智春の父が軍人だから智春も職業軍人になるのだろうと、予想していた、ということ。
この頃は、士族とか、親が職業軍人でもないと、幼年学校→士官学校のような職業軍人のコースには行かないだろうから、それは、農家の子の宇佐美には望めない。

幼年学校は、(士官学校と違って)月謝が要る。
例として、昭和13年時点で月20円とな。(→陸軍幼年学校 - Wikipedia
慶応大学の授業料が昭和16年で年額160円だから、ほぼ変わらない、やはり当時としては高額だろう。
ただし、親が軍人だと半額、まして殉職してたりすると全額免除だというので、軍人の子が有利。

このチビうさの智春殺しに、どこまで殺意があったのか、ちょっと気になってる。
これが尾形だったら確実に殺すつもりだったと推定できるけど。喉元から脊髄の中枢神経に衝撃与えて脳幹まで達するダメージを負わせる、と、チビうさは最初から意図してたのか、どうか。
もし刑事裁判だったら、殺人か傷害致死か、未必の故意かでモメる案件だろうな、と。
それとも後先考えずに、衝動的に、リミッター振り切って過剰な暴力ふるったのかな。

感情を爆発させて動機を吐露するチビうさに対して、とまどいを見せる鶴見。
P105・2コマ目の黒背景の鶴見は単行本で追加された絵。
今まで上辺を取り繕ってた鶴見の本性が出て来る。
人誑しの本領発揮。
鶴見は、得難い人材を見いだして、誑し込みにかかる。

次のページの6コマ目の宇佐美、これもやはり単行本で追加されたコマで、前ページの鶴見と対になってる。
宇佐美は鶴見とともに深淵に飛び込んだ。
ナルシシストマキャベリストの愛の道行き。

他者への共感性の欠如って点では尾形や鶴見と共通してるけど、彼の特異性は、尾形や月島などに比べたらとても健全で恵まれた家庭環境で生まれ育ったのに、あの性格。つまり彼らに共通した共感性の欠如は生れつき。
彼の鶴見への愛情には邪念がある。
彼が真に愛してるのは、鶴見ではなく、鶴見を愛してる自分自身なのかもね?
もちろん、鶴見のためになら命も捨てられるだろうけど、主体はあくまで自分にあるので、鶴見への加害もしかねない。
彼がたびたび他者に対して「中尉殿を困らせようと」って言葉は、彼自身が密かに抱いてる感情の投影ではないのか?

鶴見「北海道に左遷だよ」
宇佐美「篤四郎さんが言ったから…」
お互いに負い目を感じさせようとしてる。
相手への献身や共感、互恵性はない。

背後に描かれた井戸が意味深。
この「聖地」は宇佐美のイド。
今まで地下に封じ込めてたイドの怪物が、鶴見の言葉を切掛に、地表に出て来ちゃった。

人間のなかでは超自我《スーパーエゴ》(良心)とイド(個々の人間のうちに潜む破壊的な動物的衝動の無気味な集まり)が常に闘っており、その闘いを調停するのがエゴ(自我)だと考えた。

しかし、宇佐美のスーパーエゴとなるのは鶴見って、どんな地獄だ。かくして宇佐美と鶴見は共犯に。*20

鶴見「答えを見つけた気がするのです」
このへんも、グロスマンの本からの引用。

鶴見「殺人への抵抗を飛び越えられる人間について
「ほとんどの人は人を殺せない」。それは社会性動物として、ヒトの遺伝子に書き込まれた本能。
ではどうやって人が人を殺せるようにするのか。

鶴見は「愛」だという。

鶴見「憎しみではなく恐怖でもなく政治思想の違いでもない…」

戦闘中の人間はたいていイデオロギーや憎しみや恐怖によって戦うのではない。
<中略>
戦闘中に兵士のあいだに生まれる強力なきずなは、夫婦のきずなよりなお強いと古参兵たちは言う。

ここで、背景の、尾形・鯉登・宇佐美・月島の4人を並べてるのが巧妙だ。
それぞれ、生まれもっての倫理観の有無と、生育環境の良し悪しが違う4パターン。

4人をまとめて、「愛」って言葉で片付けちゃってるのが、鶴見の限界かも知れない。
1ページぶち抜きで強調してるけど、彼にとって愛とは、ウラジオストクでのように偽りの自分を演じきるためか、他人を縛る道具でしかないのでは?
そもそも鶴見だって、愛に対応する情動がないでしょ? 頭で理解はしていても。
目が真っ黒だもん。
白々しい。

鶴見「攻撃性が強く忠実で後悔や自責を感じずに人が殺せる兵士」
宇佐美はこのタイプ。
*21

宇佐美のは、愛というより執着なんだけど、それも広義には「愛」に含めてもいいのかも?
例えば、鯉登は、美味しいお菓子を鶴見にも教えたいという、それが互恵性
しかし、宇佐美が同じようにいうかは、疑問。

鶴見「中には「生まれながらにして兵士」の者もいます」「ほとんどの兵士は羊なのですが その中にわずかに「犬」がいる」
これも、グロスマンの本に出て来る喩え。

世界の大半は羊なのだ。<中略>真の意味で攻撃的になることはできない。
狼(社会病質者)や野犬の群(ギャングや攻撃的な軍隊)も存在するわけで、牧羊犬(兵士や警察)は<中略>これらの野獣に立ち向かう傾向を与えられた者

……とグロスマンはいうけど、でも、狼は狼で彼らの集団のルールに従ってるので、喩えとしては不適当に思える。
だから、鶴見は、狼のことは触れてない。

馬の死体を前に、みんなに囲まれてる中で、宇佐美、自慰してる……
これがクセになってるのか。
動物殺しと公開オナニーがっ
このコマは単行本で追加された。
宇佐美の変質者っぷりが強調されちゃった。

宇佐美「何度も戻り自分の殺しを妄想して自慰行為をするような変態に違いない」
「僕には分かるんです!!」

宇・佐・美!
やってるのね、アナタ。*22

このコマの宇佐美、また変な顔して……あれ、なんでこんな構図、と思ったら。
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普通に銃を担いだら、弾薬盒、この位置に来ないでしょ。
わざわざ、このポーズを取らせてる。
筒とタマを握って力説する宇佐美*23

こういう、作者氏のセンス、大好き。

しかし、この話で、「愛」って言っちゃう鶴見、というか、野田サトル氏スゲエ。
注記のなにもなく、ただ、「愛」と。

第228話『シマエナガ

ヒグマの足跡見分けるとか、杉元、着実にサバイバリストとして熟練してるじゃないですか。
ウイルク→アシリパさん→杉元、って、実地で知識や技術が受け継がれてる。

P137、構図や台詞からして、そのまま「ドラえもん」(14巻「無人島へ家出」)のパロディ。コマ割りまで全く同じ。*24
不死身だけど唯一射撃の下手な杉元が、勉強も運動も出来ないけど射撃だけは上手いのび太に擬えられてるのがウマイというか可笑しいというか。

その昔、70-80年代あたり、アウトドア、特に、無人島ブームってあったのですよ。
この「ドラえもん」の話もその一環。ドラえもん、結構、サバイバルの話が多い。未来の超科学と、人外の地との対峙がオモシロイんだけど、そもそも無人島ブーム自体、当時の、高度経済成長の余波の好景気とかピカピカキラキラの科学技術万能的な未来予想図へのアンチテーゼかも知れない。環境問題も騒がれはじめたころでもある。

杉元「動物の油はほのかな甘味とまろやかさが」
当時の和人には、魚の胆や卵巣以外の、動物性の油脂って珍しいだろう。
現代だと、バターだのラードだの生クリームだのってありふれてる。
脳ミソは60%が脂肪だから、アシリパさんがコダワルのも無理もない。

ふと、寅次や梅ちゃんのこと思い出す、杉元。
杉元はすっかり戦争に倦んでる。
杉元「人間の若い男と同じさ……怖いもの知らずで好奇心があって好戦的で調子乗りだから」
杉元筆頭に、尾形も鯉登も谷垣も夏太郎も宇佐美も、そんなやつらばっかり。
月島から上は怪しくなってくる。
牛山や門倉は完全にオッサン。キラウシは中間かしらね。
しかし、鶴見、世代としてはオッサンのはずだが……?

単行本で読んで気付いたけど。

杉元の厭戦感は、前段の鶴見の「愛」の理論と対になってる。
将校である鶴見は、「いかに兵士たちに殺し合わせるか」を考え続け、そのために「愛」を利用し、軽々しく「愛」の言葉を口にする。
一兵卒である杉元には、司令官の戦争の理屈なんかどうでもいい。ただ友人や家族、身の回りの人々を想い、自分になにが出来たか、それに、出来なかったことを悔やむ。
親友やかつての恋人、サバイバルの相棒への愛情に縛られる彼は、「愛」の言葉を口にしない。

杉元が汚れてくのに対して、シマエナガがなんだか太ってる……?
杉元、自分は飢えてもシマエナガにはちゃんと食べ物あげてたあたり、優しい……

念為。「食うために太らせてた」わけじゃないと思う。
恒温動物は基礎代謝にもカロリー消費するので、餌として食べた分以上のカロリーを溜めることはない。
シマエナガが、杉元と同じものを食べてるかぎりは、「太らせて」後で食うよりも、早く殺して食べて、餌の分のカロリーを節約したほうがマシ。
杉元、根は善良な小市民なんだ。
たまたま体力的に戦場に向いてただけで、本来は、同輩の死を悼んだり、殺してくうことに強烈な罪悪感を覚える。

しかしそれにしても、シマエナガの太り方が一週間ではアリエナイ。
太ってるのは、杉元の飢餓からきた幻覚であるらしい。

杉元「残っているわずかな…最後の力を」
……って、要は、今まで一緒に暮らしてたシマエナガ殺して食う気力ってことね。

なんかちょっと美味しそう。
焼きシマエナガ
食う直前になって救助が現れる、って、残酷なジョークwwwww
杉元もウパシちゃんも、当事者には笑い事じゃないんだけど!
杉元「いただきまぁす!!」の言葉が重すぎる。

アシリパさんは、情を移さないために、子熊と距離を置こうとした。
それは彼女が理性の人であるからだろう……将来の残酷な別れを予想して、最初から精神的なリスクを回避する。
杉元は考えなしに情を移して、泣きながら殺すはめになる。
罪悪感を背負い込んで、その罪悪感の分だけ彼には生き続ける理由が出来る。
「この傷の数だけ闇夜を駆けぬける」*25ですよ。

苦楽を共にした相棒を最後には食う、って、そういや、レンジャー部隊の訓練の伝説にもあったっけ……*26 それは、戦争の現実そのものかも知れない。

杉元が寅次に感じてる強烈な罪悪感。
若い奥さんや小さい子供のいない自分が代わりに死ねばよかったとでもいうような。
サバイバーズギルト*27ってやつだ。
作中の戦場体験者たちが皆、少なからず感じているらしいけど、もしかすると寅次の戦死に、杉元は直接的な責任があるのかもね?
彼を守れなかったって、梅ちゃんへの負い目もあるし。

ドラえもん」のギャグの要素の一つ、未来の世界の猫型ロボットであるドラえもんと、のび太の、微妙に通じてない感覚。
ゴールデンカムイ』で全体に流れてる、誰も心から理解し合えないで勝手に想像して勝手に傷付いてるって諦観と相通じてるかも。
他人のココロは空想に過ぎなくて、ただ目の前の生き物との命の遣り取りって現実があるだけ。
杉元、一週間、独り言言って暮らしてるわけで。
シマエナガのウパシちゃんでも、バレーボールのウィルソン*28でも、相手は誰でもいい、ただ自分のイマジナリーを投影する偶像というだけ。
バレーボールよりか、シマエナガのほうが、イザって時は食えるけどね。

ところで、杉元は、シマエナガ、ちゃんと食べたんだよね??

第229話『完璧な母』

家永の動機が語られるのも初めてだ。
この作品全体、母親が、個性の剥脱された象徴として語られるけど、家永の母もそうなのか。
家永、永倉(1839年生)とだいたい同じ歳くらいだそうだから、現68-9歳。
中身は高齢男性な彼にとって、母になるってのは絶対に叶えられない願望、「無い物ねだり」。
妻でなくて母親、妊婦フェチでなくマザコン、聖母崇拝であるらしい。

家永を凶悪犯と言う月島も、また冷酷非情になりきるって、皮肉。
この物語のキャラたち、みな、多面性を持ってるけど、家永の凶悪な部分に注目した月島、それは月島自身の凶暴性を投影してる。

月島は、家永に妨害されなかったら、谷垣を庇おうとするインカラマッを撃ってたように思う。逡巡はしても。
月島は、あくまで鶴見の作った舞台上の仮想世界だと思ってるから、どんな惨劇に直面しようと、イゴ草ちゃんのいる「真の世界」とは関係ない。髪を捨てたことで、「現実」と「真の世界」とは完全に訣別した。だから彼は鶴見を疑えない。その二つの世界をわけてるのは鶴見の言葉だから。

谷垣(俺は杉元佐一を殺せるような冷血漢ではない)
って、でも最初は、谷垣と杉元、殺しあいしてたのにー
次の瞬間、誰と誰が殺し合いになるかまるで予想が付かないのが、この作品。

家永が、谷垣とインカラマッのために身を挺するなんて。

正直、家永のマザコンは唐突な気がしないでもない。
そして「鶴見隊の良心」って言われる月島が、107話「眠り」で見せたように妙に赤子に冷淡なこと。
おそらく家永の幼少期はそれほど不遇でもなく、素直に母親を崇拝出来たのだろう。家永の凶悪さは生来の気質。
月島は父から激しい暴力を受けていたが、母親は早くから不在だったのかもね?

第230話『家永カノ』

谷垣狩りだぜ(月島)

けれどタイトルロールは、谷垣でもインカラマッでもなく、「家永カノ」っていう。
あくなき完璧と最高を追い求めた彼。
天才外科医で絶世の美女(風)って才色兼備で、更に完璧を求めた彼にとって最後のピースが母子を救うって善心だったと。
彼は自分が利己的な凶悪犯だと自覚してて、それが自分に欠けたナニカだと思っていた。
家永と尾形ってすごく近いキャラだと思ってるんだけどさ。自分が「何かが欠けた」人間だと自認してる。自分の中に「完璧」「理想」がある。
二人とも、良心とか慈愛って、厄介な部分が欠けてるんだけど。
家永が自己研鑽の欲求が強いのは、ナルシシストだからかも知れない。
彼が母子に憧れるってのは、自分には絶対になれないからで、無い物ねだりを続けてる限り、彼は永遠に理想を追い求めていられる。
他人を犠牲にして完璧を求め続けてた彼が、インカラマッって理想を見つけて、自分を犠牲にしても彼女に大願成就を託したと。

鯉登は、やっぱり「まっすぐ」に育ってる。
210話「甘い嘘」の月島との対話も、よく見れば、鯉登はあくまで自分の側に寄せて解釈してる。
あくまで彼は自分自身が世界の中心にいる。鶴見は理想であって全てではない。
本誌159話のカラー扉で鯉登に当てられてたのが「崇拝」の文字だし。*29
「崇拝」とは自分に足りないなにかを相手に見て、憧れる感情。つまり、まずは自分なりの完璧や理想の姿がある。
無辜の家族を害するのは、鯉登にとっての「理想」ではない。

ところで、谷垣がジェイソン・ステイサム(胸)だとしたら、特に今回の月島ってウイレム・デフォーなイメージ。
執念深く標的を追いかけるなんてぴったり。

ラッコ鍋が去年の8月*30なので、作中のリアルタイムは5月ってことに。
小樽近郊のコタンに谷垣帰ってきたのはおよそ1年ぶり。
谷垣はインカラマッと共に、アシリパさんを連れて帰ると言ってコタンを出た。
そして、谷垣とインカラマッは、アシリパさんではなく赤ん坊を連れて帰ってきた。
稲妻&蝮の息子のことは鶴見たちしか知らなくて、フチたちも知らない。たぶん鶴見が赤子を預ける時に詳細は記さなかったろうしね。
フチが繕ってる紗綾形紋の服は稲妻の形見。

第231話『出産』

鯉登、白馬に乗って颯爽と駆け付けるとか、マヂ王子。
危機を救われたのは谷垣だけじゃなく、月島もまた。

月島「お前はずっとずっと前に選択を間違った」
これは月島自身に向けた言葉。この作品全体、どのキャラも、自分のことを言うときは正直になれないし、他人のことをいうときは自分のこと言ってるし。

鯉登「谷垣に頼るのがアシリパを見つける唯一の方法では無いだろう!?」
つまり、鶴見は谷垣の忠誠心を試したのだ。
どうせ谷垣には出来ないとわかってる。

月島が青筋立ててひそかに激怒してるのは、自分が正しくないとわかってるから。
でも、今の自分は鶴見の舞台の上が全てだと思ってる。
そこに鯉登は、上官命令、と言う。鶴見が唯一絶対のルールではなく、軍組織の秩序や、別の正義があると、鯉登は説く。

鯉登は自分の正義を持ってる。
一方で、鶴見への強い思慕もある。
だから、もし、鶴見に従うことで道を誤るならば、「後悔と罪悪感にさいなまれるだろう」

月島は、自分の欲求として、鶴見の大業を見届けたいという。
鯉登は覚悟という。
鶴見に従うことが、自らの正義に沿うのか悖るのか、まだわからないけれど。
その挙句に、後悔と罪悪感を負うことになったとしても、その覚悟を決めた。
彼には彼の道があるし、月島も鶴見も父も、その途上にいるだけ。

鶴見が目標ではない、それは月島だって同じはずだと。
だから、「まだ遅くないッ」

ベタだけど、鯉登はやっぱり美しいな。
彼が正義を語ることで、月島も読者も救われる。

アニメの2期のオープニングで、鯉登が、ストーリーに反して自ら飛行船から飛び降りるカットになってるのは*31、浮ついたところから地に足を付ける、の暗喩なのであろうよ。
16巻の表紙の彼はまだ空の上にいるのだけど。

一方で15巻表紙の月島は、まだ、監獄にいる。けどもその銃剣の切っ先は鶴見に向けられてる。

鯉登は健全な家庭に育って、平均的な良心も持ってる。故に「真っ直ぐ」だ。
谷垣や杉元、アシリパさんも同じ。
尾形は機能不全の家に育ったけれども、彼の場合はむしろ自身持って生れた厄介な特質(良心や罪悪感の欠如、冷淡さ、なんか)に救われているのではなかろか。抑圧を解消するために人殺しをも躊躇しないのは、強い。周囲の人には迷惑かも知れないが。
宇佐美の幼少期の家庭環境は健全なので、自己肯定感の強いナルシシスト
不健全な家で育って、それでも良心を持った月島はサイアクだ。悪辣な父に許嫁まで殺されたと聞かされても、自分の意志では父を殺せなかった。

イゴ草ちゃん、やっと振向いた!
月島、今まで顔を思い出せなかったのは、自分と彼女が同じ世界にいなかったから。
イゴ草ちゃんは月島の良心。

彼女の顔を思い出したことで、月島、表情をとりもどした!

(これも前々から言ってるけどぉ)なんかさー、イゴ草ちゃん、後々、ひょっこり出てきそうな気がする……
東京で上流階級の奥様になって、子供三人くらい連れて、ふくよかになっててさ……

にしても、ついさっきまで殺し合ってた連中が、一緒に出産を手助けするって、怒濤の展開に吃驚。
こういう、絶対の危機に、鮮やかな最善の筋道を与えてくれるのが、この作者氏のストーリーテリングの巧妙さに思う。

アイヌのお産の手順もオモシロイ。
アイヌでは(というか日本の多くの地域で)、臼を女性、杵を男性に見立てる習慣があるようだ。
やることない男共には臼でも転がさせておけってことか……
仰向けに出てきたってことは、女児なんだ。

その他細かい連載時との相違。

ページ数はKindle版を参考に。

■ 第222話『刺青人皮』

  • P13 鶴見の銃の持ち方。
    f:id:faomao:20200918170936j:plain
  • P16 アシリパさんの台詞、「金塊」→「砂金」。
  • P20 尾形や火鉢に線追加。
  • P22 2コマ目、尾形が振向くコマ追加。
  • P22 4コマ目に牛山追加。
  • P22 5コマ目、連載時はソフィアさん胸ほりだしてた……がそもそも尾形そのシーン見てないはずだしね。

■ 第223話『二階堂 元気になる』

  • P33 「札幌のはずれ」追加。
  • P38 白鳥の首、連載時は宙に浮いてた。まだ硬直前のはずだからちょっと違和感あったんだけどね。
  • P41 牛山追加。……忘れられてた?
  • P41 キラウシが有古を、「イポプテ」とアイヌ名で呼ぶ。まあそうだよね。アシリパさん、キラウシ、有古、それぞれ出身は違うけど、アイヌ同士のときはアイヌ語で喋るんだろうな。
  • P41 鍋がクローズアップ。何故にそこを!?

■ 第224話『支笏湖のほとりで』

  • P55 房太郎、下睫毛追加。
  • P56 房太郎の刺青に文字一つ追加。
    f:id:faomao:20200919132339j:plain
  • P59 房太郎、どんどん美形にシフトしてくっていう。
    f:id:faomao:20200918185907j:plain

■ 第225話『貧民窟』

  • P62 連載時のサブタイは、「黄金怪奇FILE:225 貧民窟」だった。
  • P72 1コマ目、壁が追加。宇佐美はこの壁の手前にいたらしい。
  • P73 上半分4コマ追加。
    このへんからコマがどんどん追加されてく。
  • P74 3コマ目、「宇佐美は」のコマ、鶴見の絵が全然違う。
  • P75 1、2コマ目追加。
  • P75 3コマ目、「ここまで」云々、鶴見の台詞だったのが菊田さんに。
  • P75 4コマ目、宇佐美が帽子被る。
  • P76 宇佐美と菊田さんのコマ、微妙に修正。菊田さんのスカーフとか。
  • P77 以下回想シーン、会話が全て新潟弁に!
  • P78 4・5コマ目、怯える兵士のコマが追加。

■ 第226話『聖地』

■ 第227話『共犯』

  • P105 2コマ目追加。黒背景の鶴見の絵が重い。
  • P106 6コマ目追加。
  • P108 1コマ目追加。

■ 第228話『シマエナガ

  • 全体、スモーク感増量。コマが増えてページも増量。
  • シマエナガのコマ増量。

■ 第229話『完璧な母』 ■ 第230話『家永カノ』

  • P161 1ページ丸々、谷垣と月島の格闘が増量。

■ 第231話『出産』

  • P202 最後の俯瞰ページまるごと追加。
    あー19巻のラストみたいだ。余韻を伸ばした。

本誌連載時の記事

これらを元に書きました。

*1:

故郷はなぜ兵士を殺したか (角川選書)

故郷はなぜ兵士を殺したか (角川選書)

*2:
f:id:faomao:20200918165135j:plain

*3:

*4:「木彫りの熊」は現代民芸なのでまた別。

*5:「鼠たちの戦争」読んだら、ヴァシリの元ネタの、ワシリー・ザイツェフ、モンゴロイドって描かれててちょっとビックリだ。映画「スターリングラード」だとジュード・ロウがやってたのに。


スターリングラード (字幕版)

スターリングラード (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video

「ザイツェフ」の語源はウサギだという。杉元がヴァシリの頭巾を引張ってるのはウサギの耳のイメージなのか……

*6:アニメだと声が渋くて貫禄ありすぎる。もっと軽いイメージがある。

*7:ちなみに、トリカブトにあたって悶え苦しむ顔に喩えて、醜貌を「ブス」という。

*8:コクチョウ - Wikipedia

*9:最近、パプアニューギニアの山岳民族についての本を読んで、食べることと信仰について考えさせられた……彼らには彼らの理屈があるのだ。→

*10:

新装版 赤い人 (講談社文庫)

新装版 赤い人 (講談社文庫)

  • 作者:吉村 昭
  • 発売日: 2012/04/13
  • メディア: 文庫

*11:活地獄 - 国立国会図書館デジタルコレクション

*12:国立国会図書館デジタルコレクション - 検索結果

*13:ホワイトチャペル殺人事件 - Wikipedia

*14:「坊ちゃんの時代」にも描かれてるし。


啄木の死後半世紀以上も経つのに、まだ、最晩年の金田一京助が啄木クズ伝説をネタにしてたと、金田一のゼミ生だった私の母が言ってる……

*15:有古の父が5年前の事件で殺されたアイヌの一人だし、鶴見はその事件の調査に当たってたんだし、その時点で知り合ったとするなら、1902年だが。

*16:グロスマンの本、私が初めて読んだのもだいぶ前だけど。これと、コンラート・ローレンツには。暴力について全く新たな視点を与えられた。

*17:
f:id:faomao:20200919003112j:plain

*18:
f:id:faomao:20200918202338j:plain

*19:そもそも日清・日露戦争自体が、朝鮮半島満州地方の分捕り合戦なわけで。→
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/1b/Coree.jpg

*20:スーパーエゴは自分の中に投影された親(やそれに近い人)だという。杉元のスーパーエゴはアシリパさんだが、アシリパさんのスーパーエゴはウイルクであるらしい。しかしアシリパさんはウイルクの善い面しか知らない。樺太行でウイルクの「今まで知らなかったこと」を徐々に知り、アシリパさんは変化していく。

*21:尾形も「攻撃性が強く後悔や自責を感じずに人が殺せる」けど、忠実さがない。だから「山猫」。尾形は健全とは言い難い家庭環境だったので、人間不信が強い。

*22:人の性指向を笑って良いものかちょっと迷うが。

*23:凶器を性器に見立てるのは、尾形でも繰り返されてる。
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アニメの描写なんか露骨すぎるわっ
f:id:faomao:20200123152606j:plain

*24:このページちょっと心配だったけど単行本でも生き残ったっ。
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ドラえもん (14) (てんとう虫コミックス)

ドラえもん (14) (てんとう虫コミックス)


念為、引用するためにちゃんと「ドラえもん」買ったよっ。

*25:MUSIC -TVアニメ「ゴールデンカムイ」公式サイト-

*26:→【レンジャーは昔犬を食べていた|レンジャー訓練】とか。あくまで都市伝説ではあるが。獣医学部でも似たような話はあるし→【大学で一番辛かった授業 ビーグル犬の外科実習 | +獣医のペット病院ウラ話!?

*27:サバイバーズ・ギルト - Wikipedia

*28:キャスト・アウェイ - Wikipedia

*29:
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*30:f:id:faomao:20200213143046j:plain

*31:
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