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日々是々

金神260話「死守」感想 ゴールデンカムイ

鯉登の日。

……鯉登と房太郎、なんか似てる……
眉の位置と下睫毛だけか……
房太郎がまるでサメ映画のサメみたいだ。

アシリパさん、どんなに気丈でヒグマ倒せるとはいっても、物理的には弱いもんね。

鶴見と合流した鯉登。
今回の白眉はこの鯉登の表情の移ろい。
……なんでこんなことになってるの……?
鶴見に対してマトモに喋れるようになったことを、喜んでもいいはずなのに、むしろ彼は背徳を覚えてる。
まるでロストバージンを親に隠そうとしてるティーンエイジャーじゃないのさ。
親の所有物であったはずの子供が、いつしかその庇護下を脱してる。
それは親への裏切りであり、一種の親殺しでもある。
もはや鯉登は、鶴見の無邪気な子供ではない。
彼の他に秩序のあることを悟った。
今の鶴見は、鯉登にとってはただの上官でしかない。

しかしハナから秩序だの親だの神だの気にしない尾形と違って、鯉登は、鶴見を見捨てることは出来ない。
自分の正義の道程に鶴見がいるかもしれないと。騙されてる、んじゃなくて、賭けてるんだよね。それが覚悟。

鯉登が鶴見の庇護下を脱した切掛は、そういや、尾形だった。
尾形が、鯉登に、鶴見の陰謀をにおわせたことから、鯉登は鶴見への疑念を抱くようになる。
尾形がしばしばサタンに擬えられてることからすると、今回の物語は、ロストバージンと同時に、パラダイスロスト、「失楽園」でもある。

無思考に鶴見に隷属していれば、鯉登は、愚者の楽園にいられたのに。
尾形(=サタン)の言葉で新たな知恵を得て、自分がいるのが楽園ではないことに気付いてしまった。
知恵を持つことと自由であることは同義だけれど、同時にそれは楽園を失うことでもある、と。
神に隷属することを拒否したサタンは、しかし、神に復讐するために、人間に知恵を与えて楽園を失わせる。

鯉登が失ったのはバージンでありパラダイスである。
親の庇護であり支配であり、他の秩序を知らないという無垢性。
音ちゃん、8年間も父ちゃんにほっておかれたので、社会秩序が身についてない――それが、20巻で大幅に描き換えられた、音ちゃんと鶴見の邂逅の意味だと。
野放図に育ってた音ちゃんが、鶴見にブチのめされて直後に手を差し伸べられて、初めて、男を、もとい父親なる者を知った、と。
(象徴的には、「父親」は、社会秩序や正義、法を意味する)

それまで鯉登が戦って殺してきた相手は皆、犯罪者だった。
だけど、谷垣一家に直面したときに、鶴見の命令以外にも、守るべき正義があると、はっきりと認識して、それを月島にも伝えた。
まるで、知恵の実をアダムに差し出したエヴァのように。

にしても。
鶴見のために童貞喪失した宇佐美と、ロストバージンを鶴見から隠そうとする鯉登、って、対比が面白い。
宇佐美は、友や家族のいる小市民的な平穏な世界から、自分と鶴見だけのいる世界へと旅立った。
それと対称的に、鯉登は、鶴見の支配する世界から、自分自身が支配する世界へ。
それぞれの巣立ちのドラマ。

鯉登、鶴見の御蔭で父との仲を回復させて、そして今度は月島と谷垣の御蔭で鶴見の支配から抜け出した。

鶴見が、鯉登の変心に気付かないわけもなく。
鶴見は、鯉登の巣立ち-親殺しを、言祝ぐのか、それとも裏切りと見做すのか?
そして月島もまた試される。

あれだけ兵士達が右往左往して、結局、二階堂がアシリパさん捕まえるとかね……
人生万事塞翁が馬?

ウソを責められて、
鶴見「あそう!!でも良かったじゃないか」
って鶴見、軽いwww

門倉のルーブゴールドバーグマシン的な強運、ナンナノヨ!?