day * day

日々是々

金神306話「特攻」感想 ゴールデンカムイ

faomao.hateblo.jp

「〝生きる〟とは〝戦い〟だ。」 *1

この作品は勧善懲悪ではないんだなあと。
メインキャラどうしが命懸けの殺し合いをしてる。
すべての死はサバイバルの結果の敗北であって、彼らが犯した罪悪への懲罰ではない。

鯉登が捨て身で命懸けなのかと思うと、土方のほうも余裕なかった。
305話の土方が鯉登に「下りろ」といったり、298話の永倉が「未熟なり!」と言ったりってのは、実は、自分たちが鯉登を避けたかったのかも知れない。
彼ら老練の武士だから鯉登がヤベエと見抜いた。自顕流のパワープレイと、運動能力*2と、年による体力の差は歴然としてるし、まともに打合うとヤバい、でも若造ゆえにメンタルがまだまだ弱いので、言葉で退けようとしたのかもだ。
ジジイたち、喰えんわ……
そういえば鶴見も、鯉登との初対面で剣術は誉めてたっけ。

新撰組、そういや、幕末期にしては実用本位の剛剣を採用してたんでしたっけ。*3
鯉登の剣もへし折ってしまう。
だけど、顔を切り刻まれても、剣が折れてもそのまま打ち込み続ける鯉登を止められない。
さすがに脳にくらって土方、ヤバい。
脳幹じゃないから即死はしなくても致命傷になり得る。
……でもトドメ刺さないで離脱しちゃうあたりが、鯉登、未熟なんだよな。

いっぽうで牛山×月島。
月島、そこで思い浮かべるのが奉天でのイケメンの鶴見なのか。
そのときの鶴見の顔も言葉も信用出来ないものだとわかってるのに。
教会で一度は鶴見を疑ってたよね。
結局、月島は、自己評価が徹底して低い、自分の命に価値を感じてないから、鶴見の欺瞞のために捨てたところで構わないと思ってるのか。
だけど鯉登との絆は捨てられない。
鯉登を巻き込むことはできないという。
組織の上官と部下の関係ではなくて。
対等の個人同士の友愛、ブラザーフッドというのか。

月島「来るなッ」
の月島の顔は珍しい。
「最終章」に入って、どのキャラも、今まで見せたことのないような表情になってるのがちょっと意外で。今になってまた進化したのだろか。
そういえば、「目が光る」描写、前はよくあったのだけど、最近は見掛けなくなった。
全体、初期の漫画的なスタイルから、写実寄りのデフォルメになったというか。

アシリパさんを身を挺してかばう牛山。
欺瞞に満ちた鶴見を庇おうと“特攻”する月島に対して、アシリパさんを守ろうとする牛山の行動は単純で純粋だ。
というか牛山、自分に自信があるから、もしかすると死すら自分には敵わないと思ってるかも知れぬ。
死を怖れることもなく。
チンポ先生は綺麗事で生きる人ではない。
死や生を美化することもなく。 欲望を剥き出しにしたナマの人間だよな。

結果として、鯉登の行動は月島を救ってる。
ゴールデンカムイ』全体のテーマとして、“堕落論”があると思うのだけど。綺麗事や正義ではなく、相手を殺して喰ってでも生き延びるっていう。エゴイズムこそが人間だと。そのエゴイズムの究極としてサバイバルがある。
だから、忠誠に殉じようとする月島を、鯉登が生きた人間の世界に引き戻す、その絆になってるのが鯉登と月島の間のブラザーフッドなんだな……*4
家族の絆の薄い月島と、兄への思慕の強い鯉登の、二人の繋がり。
鶴見の“愛の理論”は所詮、罪悪感を打消して人殺しのタブーを犯させるためのものでしかなくて、共感に根ざした互いへの慈愛には勝てない。*5

あー牛山と土方の生死も気懸りだ……
なんだかチンポ先生まだまだ死なない気がするし。
土方、脳をやられて、還るのが京都なのか……

今月号(2022年3月)のアニメージュに『ゴールデンカムイ』の、というか尾形のページに、(尾形役の)津田健次郎氏のインタヴューが載ってる。
つだけん氏が尾形について語ってるのがとても興味深い。
「特に何かに対して感情移入するとか、心を動かすということはあまりしない」
「〝純度〟の高さは確かにある」
「非常にサイコパスっぽく」

……というような氏の解釈にはほぼ全面的に同意できる。やはり氏は、尾形の〝中〟から見てるのだなあと思った。
記事の地の文やインタビューアーのほうは、尾形を、悲惨な境遇に育ったゆえの闇堕ち→極悪人と捉えたがってるのに対して、つだけん氏はもっとフラットというか。
「完全な悪役はいない」
「登場人物ほぼ全員〝人殺し〟」
「殺すことを躊躇していたら生き残ってこられなかった」

このへん、連載のリアルタイムでも強調されてる、「サバイバル=生存競争」にも通じる。
単純な勧善懲悪ではないんだ。

*1:

*2:305話で助走も全くナシに背後上方に1メートルくらい跳び上がってるしね?

*3:土方の和泉守兼定って会津で当代兼定が打った新刀だそうだけど。

*4:例えば、杉元は食に執着があるから美食で勇作さんをアイドルから生きた人間に引き戻そうとしたし、尾形は性欲と殺人で勇作さんを人間の世界に堕落させようとした。

*5:そもそも鶴見の理論、尾形のようなハナから殺人にタブーのないヤツには破綻してるし。