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日々是々

金神309話「血濡れ事」感想 ゴールデンカムイ

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そういえば、この二人が顔を合せるの、13巻128話「新月の夜に」以来なんだ。

間宮海峡のときは尾形、意識なくしてたしね。
亜港から逃亡するときも顔合わせてないし。
本誌連載だと2017年8月3日発売号以来っていう。
4年半ぶりに顔合わせていきなり殺し合いとか
作者氏、尾形のファンがなにを見たいかよくわかってる!!
尾形と杉元の絡み合いとか、いったい何を描いてるのかと。*1
殺し合いが性行為に擬えられるのもこの作品ではよくあること。
とりわけ今回はハードな描写。
絡み合ってゴロゴロとか、こめかみに血管浮立たせてにらみ合うあたりはまだ通常のバトルに見えるけど、ただの格闘シーンならそこで両腕で抱き付く必要ある? 胴を密着させて足までガッチリ絡め合ってるし、あげくに二人の唇をつなぐ唾液にも見える血の糸などと。
にらみ合いまで別の意味を思い浮かべてしまう。
古語で性行為のことを「目交《まぐ》わう」というのだし。
そしてサブタイが「血濡れ事」。
とっさに「ちまみれごと」と読んでしまったけど、「ちぬれごと」か。
血塗れになりながら濡れ事にいそしむ二人。

尾形って、恋愛のエピソードがいっさいないのに、死、特に殺害行為にまつわる場面で性的な要素が描かれる。*2
彼にとって「愛」とは、曖昧なものか、鶴見のいうような他者を操るためのカラクリに過ぎない、真実の愛は殺し合いの中にあると。
エロスではなくタナトスの性愛。

尾形、あんまり白兵が得意には描かれてないけど、上等兵になるくらいなので、兵士としてどの分野でも優秀なはずなんだ……上位1割に入る程度には。
背後から刺されて、即座に銃剣外して回避するのもさすが。
2丁の銃、2本の刃物でのバトル。
尾形がここまで感情的になるのも珍しい。
杉元、尾形の左手の薬指と小指を掴んで、斬ろうとしてる??
義眼を兼定*3がこじるとか、こういうゾクゾクするようなカットに痺れる。

300話以降の尾形のドラマがヤケに拙速だと思うと、この二人の絡み合いのための前振りだったのだろうか?
尾形が、軍組織の権威を否定するために出世したい、というひたすら自己満足な目的を挙げるのはすごーく「らしい」し、もっと建設的だったり利他的だったりするような目的があるよりずっとマシ。
でも今までその伏線がなかったしね? 出世したいってのも、月島のセリフに一度出てきただけ。ずっと尾形の目的は謎のままだった。
だから、中央のスパイ説も含めて、取って付けたような気さえしてしまうのだけど。
どうせもう後はないし、とでもいうような。
うーん、単行本で大幅に加筆されるのかな?
尾形と鶴見の出会いもまだまだ語られてないしね?

乱入するアシリパさん。(とヒグマ)
アシリパさんが尾形の殺害を選んだのは杉元への愛なんだけど、そこに性的な要素はない。共に生きる相棒としての友愛、親愛。*4
相棒のために彼女は地獄へ堕ちる覚悟を決める。
これは彼女の堕落論でもある。

213話の、連載時と単行本での違いがすごく大きなものに感じるのですよ。

213話の連載時にこう書いたんだけど。

杉元「アシリパさんの人を殺したくない信念が絶対に変わらない」 ……とはいうものの。 しかし彼女のために、周囲の人は殺し合うことになる。 187話の尾形の台詞「清い人間なんてこの世にいるはずがない」「お前達のような奴らがいて良いはずがない」はそれも含めてるように思える。 ヴァシリは殺人を気にしないほうの人間だろうし、杉元もアシリパさんのためならいくらでも手を汚すことは出来る、白石だっていざとなれば人も殺せるだろけど、アシリパさんもいつか、その欺瞞、我がままに気付くだろうか。

金神213「樺太脱出」感想 ゴールデンカムイ - day * day

初めは、アシリパさんは、杉元にとってのアイドル、マジカルマイノリティ*5でしかなかった。
和人の成人男性である主人公杉元に対して、アシリパさんは少数民族の少女って、マイノリティ中のマイノリティ。人生に絶望して道を見失いかけていた杉元の命を救い、新たな知恵、生きる目的を与えて魂まで救う。でもそれだけの役割だった。
それが、恐らくは樺太篇より後、アシリパさんが主体になった。
アシリパさんが自分のために、重大な決断をする。
そのとき杉元は傍観者になるしかない。
2022/3/3 213話の連載時と単行本の違いについて。 - min.t (ミント)
22巻の感想。 ゴールデンカムイ - day * day

とはいえ。
アシリパさんのために何人も死んでるので、彼女はとっくに無垢ではない。自ら手を下さなくても彼女は人を殺してる、殺させてる。
そもそも、最初に杉元と相棒を組んだとき、彼女は「父のカタキを討ちたい」といったのだった。そのときはまだ父親の殺害犯だと思っていたのっぺら坊の死を望んでた。彼が死刑囚として殺されることを。その時点で彼女は無垢であることを捨てていた。
本人がそれに気付いていなかった。

2022/03/18追記。
よくよく見ると、「仇討ち」って言い出したのは杉元のほうだ。アシリパさんはなにも言ってない。ただ杉元の言葉を否定しなかっただけ。肯定もしてないけど。
その後も、杉元やその他の仲間によって人が殺されることについて鈍感だ……目の前で杉元が尾形を殺そうとしたとき、あるいはレタラが谷垣を殺そうとしたときには止めようとした。それは単純に人が死ぬところを見たくないというだけに思える。偽アイヌのコタン篇にしても、杉元が自分のために大殺戮をしたことを怖れているけど、杉元を抜きにして偽アイヌたちが死んだことへの感傷は見せない。
消極的な殺意というか、「人を殺すこと」の意味をまだ実感してない、杉元と出会う以前には、殺し合いの場面に生身で遭遇したこともない。教条的に「悪いこと」だとわかってるけど。だから彼女の「不殺の誓い」は確固たる信念があるわけでもない。
無責任に、人の死に自分が関わりたくない、というだけのことだ。*6

間宮海峡での対話で、尾形は、そういうアシリパさんの欺瞞、偽善を暴いたに過ぎない。それがサタンに擬えられる尾形の与えた知恵の実だ。
アシリパさんは楽園を失い、堕落することを選ぶ。
あああ彼女の目が真っ黒だ。
対して、17ページ目。第4話で彼が登場して以来、7年半経って初めて尾形の瞳孔が描かれてる。*7

尾形、13ページ目、どこに向かって撃ったのかよくわからない……アシリパさんの行動を促すために発砲したのだろうけど、ここで杉元を射殺してもよかったのでは?
しかし杉元がどこに喰らったのか? 兼定を取らせないために腕か左手を撃ったのかとも思ったけど、そうとも見えない。
かといって列車の屋根を撃った跡もない。

尾形「でも……まだ死ねないんだよな」
と言ってるけど、だったらそもそもアシリパさんに射らせるなよ……彼女の毒矢の威力は充分知ってる、喰らうの二度目なんだし。*8
尾形にとって、他人どころか自分の命すら大して価値がないようにも思える。
彼はただ、やはり出世って野望を果たして軍組織の権威を壊すために生き延びたいのだろか?

序盤の鶴見の独白……彼はポーカーフェイスなので心情がわかりにくいけど、実は内心、かなり焦ってる様子。304話の尾形との会話にしても、鶴見がそこまで余裕なかったのがちょっと意外。いや確かに状況を見ればそうなんだけど、彼のことだからまだまだ奥の手があるのかと思ってた。
五稜郭で彼が確かめたいことというのはなんだろう。黄金の在処以外にまだなにかある?
鶴見、満洲に潜り込む……というのは304話での尾形の提案は蹴ったのか? それとも関東軍の中に潜伏して満洲から尾形を支える? 彼はやはり満州事変を画してるのか?
307話では鶴見と尾形、なんらかの合意に至って復縁したように思えたけど、鶴見、尾形を騙したのか? 自分が囮になることもしてないしね?

矢尻を抉るために……尾形、腹を切るの?
まるで、父親の死を追うみたいだ。
あのときは、花沢将軍の自裁を偽装して、彼を偽りの軍神に仕立てた。
今度の尾形は、生き延びるために、腹を切ろうとしてる。

*1:公式でコレなので二次やりにくいよう

*2:彼は、銃や刃物が男性器に見立てられるシーンがよくある。103話や122-123話のように。

*3:前回、土方から杉元に渡された日本刀。和泉守兼定。恐らく会津藩にいたときに土方が賜ったもの。たぶん当世兼定の打った新しいやつ。

*4:全く同じ動機、アシリパさんへの親愛で、188話では杉元が尾形の命を助けるっていう、逆転の構図が見事。

*5:この言葉は解説が要るかも。元々はハリウッド映画によくある、「白人の主人公にとって都合のいい黒人キャラ」を批判して「マジカルニグロ」と言われたのです(→マジカル・ニグロ - Wikipedia)。よくよく見ればそんなキャラはハリウッド映画の中の黒人だけでなく、ネイティブだのオタクだの少女だの、マイノリティ属性を持ったサブキャラが出てくるけど、主体はあくまでマジョリティである主人公であって、マイノリティは主体性のないサブキャラい過ぎない。例えば「レオン」のマチルダとか。念為、作品そのもののデキへの評価や個々の観客の好き嫌い、それらとこういうポリティカル・コレクトネスな観点とは全く別の話。

*6:だから杉元は、尾形にこういうのだ……

*7:よく見ると第4話でも瞳孔は描かれてないんだよね。光が描かれてるだけで。

*8:そういやアシリパさんが毒矢で二度も射ったのは尾形だけなんだな。