day * day

日々是々

29巻の感想。 ゴールデンカムイ

ゴールデンカムイ29


紙本特典の本体表紙は、アットゥシ。
第288話で土方が着ているもの。

口絵は連載時には290話のカラー扉だったもの。その時の背景は青だった。
17巻の口絵と対になってる。*1
2枚並べるとアシリパさんと杉元が向き合うようになってるのがニクイ。
あるいは背中合わせにも並べられるけど、マンガのオヤクソクとして、左←右の順なので、向き合うのが正しいかな?
共通してるのは、アシリパさん・杉元・白石の主人公チームに、尾形。それに鶴見と土方。この6人が大きな物語のメインキャラなんだなあ、と。
尾形の贔屓としては、杉元を核としたアシリパさん・白石の主人公チームに、アンチテーゼ的な隠しキャラとして彼も入れたいところ。
なにはともあれ、尾形が描かれてるだけで嬉しいんだけどね。

目次ページの白石はサブちゃん。*2

本文

全31巻完結と予告されているので、今巻は残り3巻のうちの最初の巻ということになる。
恐らく、今迄の連載のように1巻で1~2話のエピソードというより、3巻かけて最終決戦を描くのではなかろか?

第281話『函館のひと』

五稜郭に集う面々。

焼きイカ食べたくなった――!
アシリパ「なんにも無い! イカに全然興味ないから!」
現代人からすると、イカってごく当たり前の海産物でウマーな食材だけど、アイヌたちはそう見てなかったのか。
そういや、アイヌクリオネにも名前付けてないし、もしかして、軟体動物は好まない? 貝は食べるようだけど。

尾形もキロも房太郎もインカラマッもいない。
安定感のある、良い子ばかり残った感じだ。
このメンバーで、いきなり裏切りそうなヤツっていない。
トリックスターがいなくなったのはちょっと寂しい。

鶴見隊にしても、宇佐美も菊田も有古もいない。
唯一、鯉登がどこまで鶴見に忠誠を保てるのかが気懸りだけど。もう心は離れてるし。

1902年のウイルクたちのパートと、1908年現在の杉元たちのパートにつながりはない。
今の杉元たちは、権利書に書かれた経緯だけで過去を知ってる。

五稜郭、そうか、現代の私なんかは、鳥瞰で五角形の星形を見慣れてるからわかりやすいけど、当時は見下ろす場所なんかなかった。(そもそも見下ろせるような場所に城塞は作らない)

カレバラの事故、1867年なんだ……作中のリアルタイム(1908年)から41年前。
領事館、40年間放置??
現実の領事館の建物はかなり波瀾万丈なようで、何度も火災で焼失してるし、作中に描かれてる建物は実際は08年に再建されたものだそう。

黄金は、まず40年前にロシア領事館に、そして1902年に五稜郭に、て、移されたのだよね。
七人のアイヌ殺害事件は、苫小牧。函館の五稜郭から、かなり距離があるように思えるけど。

さらに、75トンの金を8人のアイヌだけでどうやって運んだのか……1人あたり10トン近いわけで。
何度も往復するしかないけど、1袋60kg(手押し車とかソリとか使えば一人でも運べるよね?)×1200個。
金の比重は20近いから3リットル、小さいリュックくらいの大きさでしかないんだけど。鹿革の袋で60kgの重さに耐えられるかな、それを担ぐことが出来たとしても、さして大きくもない荷物を重そうに運んでるから、かなり目立ちそうな。金に近い比重のものってそうそうない(現代だと、タングステン使った工具や釣り用の錘なんかが身近だけどねえ)から、関わる人たち皆、初めての体験のはず。*3
山の中ならともかく、函館の市街地だし……と思ったけど、ずっと東京近郊で住み続けてる現代の私は、函館というと北海道でも有数の大都市だし、都市というとみっちり人が住んでる、工場も商業地域も住宅地も隣接し合ってる感覚なんだけど、もしかして、当時の函館って人口密度低い? ヤケに重い荷を抱えたアイヌたちが、領事館~五稜郭の直線で7km、何百回も行き来しても目立たないくらいに??

土方「そしてまた五稜郭から新しい夢が始まる」
しかし現代の私は、それが夢想でしかなかったことを知ってる。
この作品世界の土方は函館戦争を生き延びたのだけど、現代に繋がってるのだとしたら、蝦夷共和国は実現しなかった。

ウイルクたち8人と、音之進拉致監禁事件の鶴見と鯉登パパたち、ニアミスしてたとはwww
ウイルク、もし見つかってたら、鶴見や鯉登パパ、撃ち殺す気だったよね!?
この物語がそこで終わってた……

第282話『一刻』

金は重さが凶器。
砂金は腐らなくても、鹿皮の袋は腐るんじゃ? 7年前の話だし。
五稜郭の建物にしても、……40年前?
軍が1899年まで使ってたけど、その後、ずっと放置されてたんでは。*4

土方「兵糧庫は箱館戦争前からあるものだ」
表記が「箱館」から「函館」に変わったのは、1869(明治2)年9月だそう。→「箱館」が「函館」に変わったのはいつ? 漢字変更の謎に迫る│北海道ファンマガジン
しばらく表記が混在してたようだけど、開拓庁が置かれて正式に変わったのはこの時から。
なので、1869年5月終戦箱館戦争のときは、旧表記。

杉元が決戦を言い出すのも珍しい。
彼も仲間を危険に晒したくないので逃げる時は逃げる。

土方も土方で、……これって外患誘致なんでは。外国の武装勢力引入れて日本の軍と戦わせようっていうんだから。
ソフィアさんはイケイケだけどね☆
土方はともかく、他の面々にしても、軍隊組織と全面抗争になるとは思ってなかったろうな。網走監獄の有様からして、鶴見たちが容赦ないことは充分わかってるはずだし。

第283話『神の刺青』

ああそうか、土方の刺青は、鶴見の側には知られてないんだ。
宇佐美が門倉から取り上げたのは牛山のコピーだ。

というか、ついに土方が脱いだ!
古稀ヌードですよ!?
……いやこのマンガ、ほとんどの男性キャラ、少なくとも一度は脱がされてるのに、土方は最後の砦だったしね?
70越えてるとは思えない、いい筋肉ですなあ。
まだまだ現役。

神を胸に抱いた老兵って、なんか、象徴的だ。
従前、土方って、(キリスト教でいう)死の天使っぽいと思ってるんだけど。*5

で、土方は、「神」が重要なキーワードだと読んだ。
「神」の字で表わされるものが、ウイルクにとって、なにを意味するのか?
教えたのは鶴見か、土方か?
鶴見は黄金を神という。形ある物を神と崇めるって、偶像崇拝の愚を犯してる。形があるということは、誰かが所有し、独占出来るということ。だから、それを巡って人々は欺し合い、殺し合うって地獄絵図になる。
ウイルクが、鶴見と同じ轍を踏んでるとは思えないのだけど。
鶴見は、黄金の神が貪欲な悪神だと知っててなお求めようとする、そのへんが、彼自身が真の神になりきれないデミゴッドである由縁なんだな……

あるいは、ウイルク、北海道に渡ってリラッテと出会ってから、キリスト教を捨ててアイヌの信仰に帰依したのかも知れない。
過酷な独立運動よりもうちょっと現実的な民族運動に、と。
それが、純粋さを求めたキロランケとの対立点でもあるし*6

演説をしてるソフィア、これが彼女の大義なのだろう。
同じ車内に紛れ込んでる尾形
おおお、尾形、作中のリアルタイムでは第273話以来だから、10話ぶり!
母ちゃんのこと夢に見てる、しかもなんだか不吉な夢。

尾形は、ロシア語出来るから、ソフィアの演説を聞いてる。
つまり彼は、鶴見の大義も、アシリパさんの希望も、土方の計画も、ソフィアの構想も、杉元の目的も、ヴァシリの標的も、みな知ってるんだ。
尾形は、全てを俯瞰する立場にいて、なおかつ独善的に正義をもたらす裁定者じゃなくて、気紛れに死をもたらす。
たまーに彼は第4の壁の手前に出てくる。それは読者や作者氏自身のようでもある。

彼の思い出す母は優しい。
彼は、自分が殺した相手をほとんど気にもかけないけど、安らいでるときは母を思い出すし、緊張してるときは勇作さんを思い出すようだ。母の記憶は悪くはないらしい。
彼は、ネグレクトや虐待を受けて育ったわけでもなくて、母や祖父母から多少なりとも愛された記憶はあるようだ。宇佐美や鯉登ほどアットホームな家庭でなくとも、少なくとも月島よりはずっとマシな幼少期だった。
彼の母への殺意は恨みや憎しみではない……というか彼の殺意って軽いんだよね。

ヴァシリも、鶴見が無理矢理に挑発した列車に紛れ込んでる。
ヴァシリ、なんで、尾形が函館に向かうと知ったんだろ? なぜ鶴見たちが尾形と同じく函館に向かうと知った?
ソフィア一行の話を聞いたのなら、ソフィアたちと同行しそうなものだけど。
アシリパさんたちが移動するなら尾形もそれについてくはず、鶴見たちもアシリパさんと同じ場所を目指してるとわかってる?

第284話『私たちのカムイ』

どうせ、そのままの黄金として手に入れられるとは思わなかったけど(いや、冒険物のオヤクソクだから……)
カムイの住まう土地こそが民族の本質、っていうのはちょっと意外。
言葉や記念物といったメディア、過去の遺物としての文化ではなく、山野を渉猟して「今生きている」生活の実態が、民族の本質ということだろうか?

現実問題として、土地とか、実生活はそのまま経済でもあるので、「昔ながらの生活」を継続するのは難しいよね。
強引な同化政策というだけでなく、日露米といった大国の狭間で、少数民族たちも近代化に引きずり込まれていくことは避けられない。

40年も土地ほっといたら、とっくに和人に不法占拠されてそうだけど。
ちょうど、アイヌ給与地事件とかあったころなので、心配になる。
だったらオーストラリアのウルル(エアーズロック)みたいに裁判で取り返すことになりそうな~

そういや、なにか不穏なものを感じる……と思ったら、この展開、アメリカの先住民族殺人事件、「花殺し月の殺人」*7髣髴とするんだ……土地という財産にまつわる、先住民と国と白人たちの事件。
――というのを、法華狼氏のブログ読んで思い出した。→『花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』デイヴィッド・グラン著 - 法華狼の日記
この本、私も読んだけど、めちゃくちゃ面白かった。いま映画製作進んでるそうで期待大だ。

「災厄をもたらすといわれた黄金のカムイは私たちが本当に必要とするカムイに置きかわっていたんだ!!」
強大な神を屠って新たな国の礎にするというのは世界中の神話にある。
旧約聖書リバイアサンも、「神に次ぐ強大な存在」であり、世界の終末に屠られて皆の食料になる。
あるいは鶴見が喩えに使う、鯨骨生物群集もそう。

鶴見がカニの仕草をするたびに、これ思い出す→鯨骨生物群集 - Wikipedia
鯨の死体を資源に、深海の暗闇の中に1つの国が勃興し、数十年でまた消えていくって、ロマンだ。
まるで巨人の死体から世界が作られるって神話的な話でもある。
そして、殺されたアイヌ達の遺した金で国を作ろうとする鶴見達も、まさにそのものだ。
金神130話「誘導灯」 #ゴールデンカムイ - day * day

金塊の行方を知って盛大に吉本風にコケる面々。
……ソフィアさんまで?? ソフィアさんそこまで日本語わかるのっ!?
フィーナさんには「日本語に興味がない」とか言われてたのに、実はちゃんと学んでた様子。

アシリパ「権利書が狙われていたのかもしれない」
ウイルクが五稜郭に権利書隠したのは、のっぺら坊になる前だし、鶴見がウイルクの存在に気付く前。だから、誰かから隠すとしても、鶴見ではない。
他にこの権利書の存在を知ってるのは、榎本武揚から聞いた和人。

そういや脱獄囚たちは半分もらえる約束でした。
……ウイルク、誠実じゃん。*8

第285話『最終決戦』

鶴見「おはようございます!!」
のセリフ、本誌連載時には284話の最後にあったもの。その時の鶴見の人を食ったような顔が好きだったのに、改訂されてしまった。*9

鶴見「土方歳三たちの肉片をどかして」
って言葉からして、鶴見にとってのラスボスって土方なんだ。
杉元やアシリパさんはもうどうでもいい。ソフィアたちも物の数ではないと。

土方は網走で生ける屍のようだったけど、ウイルクによって死の天使として地上に復帰した。
鶴見はやはりウイルクによって、長谷川さんの仮面から、悪魔的な本性を取り戻した。
天使と悪魔と双方を生み出したウイルク、やっぱり神に擬えられる存在だ。

しかしこれ、函館五稜郭なんて、海に近いところだから斯様な武力侵攻できたけど、もっと内陸部だったら、鶴見、どういう作戦立てたのだろか。
それこそ支笏湖とか。

白石「金塊をひと目見るまで死んでも死にきれねえよ」
それは読者も同じだと思う……w
この白石の真剣な顔は久々だ。

永倉「鶴見中尉と話したい」
そういえば、「戦意のないことを表わす」ための白旗っていつから出来た習慣なのか。
白旗 - Wikipedia
……見ると、割と古代から世界各地にあったらしい。
戦時国際法で正式に決まったのは、1899年なのかな。→ハーグ陸戦条約 - Wikipedia

ところで永倉、鶴見の前に立ってるときは、褌、はいてるんだろか……

黄金の半分、1万貫。
なんだか、「花殺し月の殺人」思い出させて不安もある……*10
先住民の資産が、後から来た帝国人たちに食い荒らされるというケース。

そういえば、鶴見は1866年あたり生まれであるらしい。彼は江戸時代の生まれだし、3-4才のころに版籍奉還で藩が無くなるまでは、長岡藩士の一員だった。
長岡藩は戊辰戦争では旧幕府側だし、その意味では新撰組に近い出自なんだよな。

土下座してみせる永倉は老獪だし、それを見抜いて声を一転させる鶴見はお茶目。
この、「土下座なんておやめください」なんて丁寧な口調からページめくると一転してダークモードになる鶴見がめちゃくちゃ好きw

そういえば、ヴァシリはどうしたんだ。
列車では鶴見の隊に便乗してたようだけど、さすがに船には乗れないよね。
室蘭から、ふたたび列車に乗るのか、内浦湾を泳いでくるのか。
尾形はソフィアたちと一緒に来たはずだが……

第286話『タイムリミット』

え、門倉、マジで修正パッチなの?w

24人の脱獄囚の中に実は無効のブラフがあるのか、のっぺら坊、脱獄事件の後で自分のミスに気付いて慌てて門倉を修正パッチとしてリリースしたのか……

金神26巻の感想。 ゴールデンカムイ - day * day

280話で「有っても無くてもいい!!」って言われてたけど。
これも単行本28巻で割と大きく改訂されてて、実は最重要ピースだった。


脱獄事件の後に、わざわざ、(23.5人目か24.5人目かは分からないけど)門倉のパターンを描いてる。

時系列で並べると、ウイルクは。
1.ロシア領事館で土地の権利書を見つける。
2.五稜郭に権利書を隠す。
3.鶴見の策略でアイヌ7人が死ぬ。ウイルク、「長谷川さん」に再会する。
4.ウイルク、のっぺら坊として網走刑務所に入る。
5.23?24?人の刺青を彫る。
6.脱獄事件。
7.門倉の刺青を彫る。

杉元「ウイルクはどうしてここに権利書を隠したんだ? 持って帰ればよかったのに」(第284話)
の謎。
権利書を隠すとき、一番警戒してたのはキロランケや、日本政府のはず。
「長谷川さん」と再会したとき、金塊を追ってアイヌたちを殺し合わせた張本人が、「長谷川さん」だと気付いたろうか?

囚人たちに刺青を彫った時点で、もう、隠し場所は動かせない。
もしかすると、囚人たちの刺青を彫った段階では、ウイルクは不完全な情報にしたのかも知れない。
脱獄作戦の顛末は門倉に聞けるので、囚人たちの行動を見極めてから、情報を完全にするために、門倉の分を彫った、のかな?
アシリパさんを巻き込むことは想定してる。
土方と門倉は信頼していたことになる。
杉元の存在は全く想定してない、鶴見=長谷川さんや、キロランケ、それに中央政府の動向は警戒してたはず。

アシリパ「みんなの役に立ちたいし」
キーワードを明かしたことで、アシリパさんはもう用済みなんだよね。少なくとも彼女はそう思ってる。
土地の権利書は無記名で、アイヌ全般だから、アイヌなら誰でもいい。
黄金争奪戦において彼女の役割は終わってしまったので、後はどこへ行ってなにしてもいい。
「役に立ちたい」と言っても、鶴見らの日本軍の一団と、ソフィアらロシアのパルチザンたち+土方のグループの全面抗争になったら、彼女になにが出来るのか?
杉元ですら、彼には取敢えずカネが必要なので、アシリパさんからすれば彼を手伝えることはないし。

土方「強運の男が」
門倉さん、ナニゲにものすごい強運なんだよね。
網走監獄の関係者で唯一生き残ってるし。
負×負=正になるみたいな。

でも、鶴見隊が襲撃した網走監獄で唯一生き残ったっていうのはスゴい強運なんでは。

金神18巻の感想 上 ゴールデンカムイ - day * day

そしていつの間にか、こっそり函館の町に紛れ込んでる尾形。
そういや彼が被ってるの、もしかしてカーテンかなんか……?

第287話『門倉の馬』

梟の神の自ら歌った謡「銀の滴降る降るまわりに」
「銀の滴降る降るまわりに,金の滴
降る降るまわりに.」という歌を私は歌いながら
知里幸惠編訳 アイヌ神謡集

単行本刊行7年目にして、やっと、本題の黄金が!
なにはともあれ、見つかってヨカッタ。
こういう宝探しの物語って、結局、宝は存在しなかった、とか、見つけたけど手に入れることは出来ない、とか、そういうオチになるの多いので。
とりあえず、黄金は実在するし、手にすることは出来た!

黄金の在処を知ってるのは、この場にいる6人、アシリパさん・杉元・白石・土方・都丹・牛山だけだ。
門倉や永倉は知らない。

日露戦争、まあ実際は、高橋是清だの明石元二郎だのが表や裏で工作して借金しまくって資金を捻出したわけで。
鶴見が知らないわけないんだけどね、というか、鶴見がそういう工作しててもおかしくなかったんだけど。
欧米の新聞に、日本が有利って記事を書かせるとかね。
戦中も新聞記者に戦場を取材させたり。

第288話『爽やかな男』

扉、年表が明確になったのは初めてか。

実際にはみんな大騒ぎしてるのかも知れないけど、歓声や狂喜する様を描かないで、ほとんど、土方の回想と、どころかこの場の誰も居合わせてない6年前のシーンだけで進行する。
皆の喜びは想像できるので、皆の知らないシーンを描くことでそこに至る経緯を、その黄金に籠められた人々の思いや歴史を語る。

若土方はカッコイイ。
サワヤカでカッコイイけど、コイツ、ギャング団の頭目で、小樽の一般の銀行を襲撃して資金作ってるんだよな。
一件だけとは限らないぞ……モブ何人も使ってて、かなりカネ持ってるっぽいし。

またもや過去の因縁話が。

40年前(1869年)にキムシプは土方と知り合って恩を売った、
1902年、ウイルクはキムシプから土方のことを聞いて、金塊を隠した後、土方に会いに網走監獄へ潜入することにした、その過程で謎の襲撃者(鶴見)の計略で7人が死んで、本人も顔を失うことになった。

つまりウイルクはたまたま網走監獄で土方に出会ったわけじゃなくて、元々、土方に会うために網走へ潜入した、と。土方に会う目的は榎本武揚に繋ぎをつけるため。
キムシプは榎本武揚と面識があったけど、ウイルクはないし。

ついつい忘れがちになるけど、榎本武揚箱館戦争生き延びて(というか箱館戦争で死んだ大物は史実の土方歳三くらいだし)、政府要人になってるんだった……(1908年死亡)
だから、明治政府も、蝦夷共和国時代の契約を無碍にはできないってこと。
榎本武揚アイヌとの契約のことも憶えてるだろに、権利書どこ行ったかわからないので知らん振りしてたワケ!?

ウイルク、網走で土方歳三に出会ったのに、肝腎の黄金と権利書の隠し場所や暗号については教えないで、ただアシリパさんの和名を伝えて、彼女を巻き込むように仕向けた。
土方は権利書のことも知らない、ただアイヌ独立運動とその資金のことだけ聞いた。
ウイルクは、土方も榎本武揚も信用しきってはいない(どっちとも面識なかったし)、直に権利書や黄金のことを教えると、土方に奪われると思ったのか?
でも、もし、どの囚人たちも失敗して、誰も権利書や黄金を手に入れなかったとしたら、いずれ、五稜郭城址が造成工事なりされるときに発見されることになったろうしな……杉元やキロランケ、鶴見なんかが加わらなければ、必要枚数集まったか怪しい。
五稜郭って場所さえわかれば、鶴見は自分や鯉登パパの部下たちを動員して、全面掘り返して捜索することも出来るんだけど。

第289話『五稜郭攻囲戦』

P172~175の4ページはまるまる単行本での追加。
鶴見が兵士達に演説ふるう。
彼はもっぱらロシアの脅威を唱えてるけど、現実、あそこは清国の領土で鉄道利権に従って南満州鉄道とその周辺の土地を日本が借地してるだけなんだけどね。
この時代の満州について、夏目漱石が紀行文書いてる。1909年に友人でもあった満鉄総裁の中村是公の誘いで満州朝鮮半島を旅した旅行記朝日新聞に連載した――んだけど、漱石が帰国して三日後にその満州伊藤博文が謀殺されたのでそれどこでなくなって序盤で連載が打ち切りになってしまったという。
漱石の見た満州は、なんだか、今でいうテーマパークだの、新幹線の原型だのと、未来都市のようでもあって、どうやら鶴見の懸念は杞憂だった様子。
→「夏目漱石 満韓ところどころ
ちなみに、大陸から帰国した漱石と、大陸へ向かう伊藤博文は、東海道線のどこかで擦れ違ってるはず、ってハナシもある。
→「漱石と鉄道」*11

これが本当に彼の大義なのだろうか?
明確に侵略戦争の意志を表明してて、言ってることはヤバいんだけど。*12
これから30年後には関東軍満州事変なんてやらかすわけで。(板垣征四郎がちょうど鯉登音之進と同世代なんだよね)
満州の阿片栽培も盛んで、もっと後には里見甫なんてのもいるし。→里見甫 - Wikipedia

罌粟畑の上を飛ぶ鶴見の夢想は、バカバカしくてガキっぽくて、美しい。
嫌いじゃない(笑)
7年も鶴見に付き合ってきた身としては、鶴見がどんな人物知っている。こういうお茶目な鶴見も確かにいるのだ。

侵略戦争自体が子供じみた夢想ではあるのだ。
鶴見はそもそもが日本軍の大陸侵攻の先兵として、長谷川幸一の名でウラジオストクに潜入していたのだしね。
その時代はまだ南満州鉄道なんて影も形もなかった。
彼は当時の、坂を上って雲を掴もうとした多くの日本の壮士の一人に過ぎないのだろうか?*13

P77のアシリパさんと、P174の鶴見は対になってる。
アシリパさんは脳天気に、呪われた黄金がカムイになったんだ、なんて言ってるけど、原生林のままでは近代化とそれに伴う人口増加を支えられない。土方はそれを指摘した。
現実の近代日本の主要な産業は生糸の生産で、これは十代~二十代の女性による超ブラック産業だった。*14
それに比べれば鶴見のいうような阿片栽培のほうが効率がいい。現実、貧困地域で阿片が栽培されてるのだしね。*15
阿片栽培で国外から搾取するか、生糸生産で国内の下層から搾取するか、自然保護のために搾取と近代化を同時に諦めるか、て、スゴい問題を突付けて来た……今になって!

号令する鶴見は、恐らく1巻冒頭のシーンを引いてる。*16

鶴見の真の目的の一つが、戦死者たちに報いるという建前だとしたら、それは最初から彼が言ってる通りだ。
月島にしろ鯉登にしろ、いろいろ回り道してるけど、結局は、最初に登場したときの通りに動いてる。月島は鶴見の腹心として、鯉登は崇拝者として。
尾形もまた、8巻で月島に言われたように出世を目論んでいたわけだし。

未来を語る鶴見と、過去を語る土方、って対称性が面白い。
サワヤカだけど過去しかない、具体的な未来を語らない土方と、胡散臭い血塗れの未来を語る鶴見。

騎馬を狙撃出来そうな人材が土方組にいないのが巧妙だ。
鶴見も充分それをわかってる。どうせ尾形は土方たちに与しない。ヴァシリがたぶん近くにいるはずだけど、彼は尾形にしか興味ないし、誰も彼のこと念頭にないだろ……

アシリパさんグループと土方組+ソフィアたち。
彼らはカムイの御加護ではなくて、あくまで自力と仲間たちのおかげで黄金に辿り着いた。
どうにも「イイ子」ばかり、なのは、結局、信用出来ない「悪い子」は脱落していったから。
アニミズム的な超自然のカムイではなく、人と人との繋がりで、今があるっていう。
そして黄金を手に入れるための最大最後の障害もまた、鶴見っていう人間。

努力・友情・勝利ってオチだとしたら、ジャンプの王道ど真ん中なんだけど!
……このマンガ、全体としては単純でストレートな展開なのに、細部のドラマの作りがスゴいんだよな、と改めて。

第290話『観音像』

函館山周辺には多くの観音像があったそうで。
* 三十三観音について – 函館市 湯川町のお寺 湯川寺(とうせんじ)
* 函館山三十三観音 石仏に会いに
* 境内案内 | 北海道函館市船見町の浄土宗寺院「称名寺」

時代によってあちこち移動されるようだけど。

先頭に立って軍刀と拳銃を振るう鯉登。

鯉登「私もお供することが出来たのに」*17

101話では斯様に言ってたので、本懐を遂げたことになるんでしょうか。
本来、将校の軍刀って指揮のためなんだけど。この部隊では鶴見に次ぐ二番手の階級。
実質、彼はこの部隊の旗手ってことになる。

鶴見「鯉登少尉が我々の旗手にふさわしいか信じてみようではないか」
鶴見は、鯉登が自分への忠誠心が変容したことを気付いてる、盲目的な恋闕が失せてもっと一般的な、大義を同じくする指導者への忠誠心に変わったと知ってるわけで。
しかしそれを裏切りと見做してるとは思えない。
この鶴見は、我が子のような鯉登の成長――成人のイニシエーションに送り出す気分だろうか?

白石「どっちが勝つかね」
あくまで傍観者の態の白石。
アシリパさん-土方組の中で、日露戦争の従軍経験あるの、杉元だけじゃん……ソフィアたちの中に兵士として出征したのもいるのかも知れないが。

実写映画化ですってよ。
ああとうとうこの日が来てしまった、って感じだ。
WEBざっと見ても、誰も待望してないっていうwwww
みんな不安しかないようですよ……
まあ私は、原作以外の他メディアはすべて二次創作だと思ってるので。
アニメにしても実写映画にしても、原作ファン以外にアピールするためのものじゃないんすかね。

その他連載時との違い

今回、全体的に説明が増えている。連載時には曖昧だった部分が詰められた。

※ Pxfxx……xページxxコマ目、の意味で。ページ数は単行本目次に準拠。

□ 第281話 函館のひと

  • P3 目次ページはもともと281話の扉の絵。
  • P4-5 見開き丸々追加。
  • P12f1 五稜郭の絵。俯瞰図からほぼ真上からの絵に。
  • P12f3 アシリパさんの表情が微妙に変化。
  • P13 1ページ丸ごと追加。
  • P15f1 領事館の遠景追加。
  • P16-17 コマが1ページ分追加。
  • P22f1 ウイルクの表情がわずかに変化してる。

□ 第282話 一刻

  • P25 前話と重複したセリフのコマが削除。
  • P25f4 都丹のクリックのコマ追加。
  • P40 ソフィアさん、弾薬帯削除。

□ 第283話 神の刺青

  • P43f1 セリフの位置が変更。連載時には上にタイトル入ってたから。
  • P50f1 以降、ソフィアさんのロシア語のセリフにロシア語併記。
  • P52f1 尾形の被り物に描込みが増える。
  • P59f2 「神」の書体が連載時には明朝体だったのが、ちょっと変わる。

□ 第284話 私たちのカムイ

40年前の件について詳しく。

  • P61 セリフ改訂。より詳しく。
  • P66f1 冊子を包む胃袋追加。
  • P67f2以降、コマ大幅追加。2ページ分。
  • P68f1 榎本武揚の肖像。
  • P68f3 “アイヌの土地”が示される。
  • P69f6 黒田清輝の肖像。
  • P74f2~ 1.5ページほど追加。
  • P76-7 風景の見開きにアシリパさんの顔追加。
  • P79 土方の疑念追加。カネとか共和国とか構想あったのに!てお怒りの様子。
  • P80-81 2ページ追加。
  • P82f1-2 皆が建物から出ていく絵が追加。
  • P83f1-4 アシリパさんのコマ追加。
  • P84f2-4 追加。

□ 第285話 最終決戦

  • P88f1-2 俯瞰に。
  • P89 1ページ駆逐艦の俯瞰追加。
  • P90 1ページ追加。
  • P91f1 鶴見のモーニングコール。連載時は前話の最後のコマだった。
  • P100f1 セリフ変更。

□ 第286話 タイムリミット

  • P108 コマの絵変更。
  • P110f2 擬音追加。
  • P111f1 擬音追加。
  • P113f4 血飛沫追加。
  • P118f1 擬音とセリフの位置変更。扉開けてからセリフ言わないとな……

□ 第287話 門倉の馬

  • P127f3 セリフ1個追加。
  • P129f4 1コマ追加

□ 第288話 爽やかな男

  • P150 1見開き追加。
  • P152f2 観音像のデザイン変更。連載時にはなんの持物なのかよくわからない、なんだか男根にも見えたんだけど!と思うと大砲隠してあるっていう。
  • P157 コマ一つ削除。土方は囚人道路作らなかったらしい。
  • P158f1 砂金の袋の絵、追加。1個60kg×600袋。

□ 第289話 五稜郭攻囲戦

  • P162f1 駆逐艦の絵、変更。レンズの歪曲ついた。
  • P170f1-2 2コマ追加。軍師としての土方が強調された。
  • P172-3 2ページ追加。鶴見の野望。
  • P174 見開き追加。

□ 第290話 観音像

  • P183f1 ソフィアたちの居場所、連載時は「東口」って書かれててわからなかかった。
  • P198f4 観音像のデザイン変更。周囲に葉っぱ追加。

連載時に書いた記事

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*2:
函館の女

*3:金を運ぶといや、ジョージ・クルーニー主演の「スリーキングス」って映画思い出す。→「スリー・キングス - Wikipedia

*4:音之進拉致監禁事件が1902年なので、あの月寒あんぱん、2年間あそこに仕舞いっぱなしだったの……それを鯉登に食わせてた尾形、やっぱり、同情よりか嫌がらせだったんだろうか……

*5:死神というより、神の定めた死すべき時を人に告げる天使。この概念については、Gクルーニー主演の映画「マイレージ、マイライフ」が巧く表現してる。→マイレージ、マイライフ - Wikipedia

*6:ただしキロランケの信教は書かれてないし、彼がキリスト者とも思えない……少数民族シャーマニズム(この語源はまさに「サマ」)を大事にするとはいえ、信仰とは違う気がする。もしかして無神論共産主義じゃないのか?

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*8:

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*10:

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*12:作者氏は斯様に仰いますが。

*13:念為、司馬遼太郎は「坂の上の雲」のタイトルを、あまり良い意味では使ってない。「見果てぬ夢」くらいのニュアンス。

*14:当時の日本の労働者の7割は若年女性だったそうな。

*15:ストーリーの時代はまだ阿片の国際的な取り引きが禁止されていなかったようだ。→万国阿片条約 - Wikipedia

*16:

ところでこのシーン、杉元が第1聯隊だから、旗を持ってるのは、猪熊敬一郎ってことになる。彼の従軍記は「鉄血」って題名で出てる。→『鉄血』猪熊敬一郎 #読んだ - day * day

*17: