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日々是々

エディ、ノーマン、江渡貝くん

読んだ。

オリジナル・サイコ―異常殺人者エド・ゲインの素顔

オリジナル・サイコ―異常殺人者エド・ゲインの素顔 (ハヤカワ文庫NF)

オリジナル・サイコ―異常殺人者エド・ゲインの素顔 (ハヤカワ文庫NF)

江渡貝くんの元ネタの人。
有名な割に、意外と、真面目な本が少ないというか、邦訳が出てる中では、ほとんどこれが唯一なんじゃなかろか。
翻訳はもちろん、柳下毅一郎氏だ!

さすがに、著者は大学教授だけあって、マジメかつ客観的に、綿密に調べてて、文章からして信頼感が。また柳下氏のドライでシニカルな文体に合う。絶版てのは惜しい。

エドゲイン、なんつーか、ある種の無邪気さ、邪悪さのなさを感じるんだよな。
いや確かに、二人の殺人は立件されてるんだけど。他に「うわさ」されてる5件の殺人はただの噂で、エディは無関係だろう、てのがこの本のスタンス。

エドゲインの犯行は、あまりに異質すぎる。これが、食人や屍姦なら、まだ、よくある犯罪なんだけども。食欲や性欲は誰にでもある生物的な本能だし?
しかし、死体の加工って、なんなんだ。
あくまで本人の供述によれば、殺人の被害者二人は不道徳な女で罰せられるべきだった、と。しかし殺害の瞬間についてはあやふやな供述しかしてないし、そのへん、自分の罪を認めたくない、て、弱さ、逃げを感じるし

裁判で責任能力無しとして、死ぬまで病院に監禁されてたのも、まあ、ムリはない。病院での態度はすごく模範的で、暴れることもないし、ごくふつーのじーさんだった、特に重症の凶暴な病人を収容する医療刑務所だけど、その中でも特に薬物投与などの必要ない患者だった、と。
ただし、病院で彼と友達だったて男が、感化されて、退院後にヒデえ事件やらかしてたりするので、無害なわけでもない。てか、その友人を退院させたの誰だよ。

地元の人達にしてみたら、殺人の被害者は地元の名士だし、加工された死体も元は地元民の妻や母だったりしたわけで、激怒するのも当然ではある。
とにかく、有名なわりに、本人の実態が地味というか、平凡過ぎて。隣近所でも、人畜無害な変人て思われてて、子供達もよく遊びに行ってたりして、子供達はまた「あの家には干し首がある!」なんて噂してたりした、つーから、まあ、田舎ってそんなもん。

本人の実態と懸け離れて、エドゲインは、一躍、ポップカルチャーのスターになってしまった。「スプラッター守護聖人」とまで著者が言うくらいに。
もっと凶暴な殺人者は数多いるけど。エドゲインほど多くのオマージュパスティーシュパロディ生んだ犯罪者はそうはいまいて……
有名どころで、ロバートブロックの小説とヒチコックの映画の「サイコ」。トビー・フーパーの「悪魔のいけにえ」は直系。
トマスハリスのハンニバルシリーズの「羊たちの沈黙」のバッファロービルも明らかにエドゲインが元ネタ。
狂信的なまでに潔癖で、不道徳な連中を殺すって点では、「13日の金曜日」も彼のパロディっぽく(てか、ホラー映画って、基本は保守的だから、不道徳な連中が殺されるのが定番)

「サイコ」のノーマンベイツは多重人格としてるけど、実際のエドゲインは、むしろ統合失調症。幻覚だの、「させられ感」だの、狂信的なドグマだのと。
たった一点だけを除いては、ごく普通の、大人しい、地味な人物、っていうのも、統合失調症の犯罪者によく見られるような。部分部分では理路整然として筋が通ってるけど、全体としてちぐはぐな――まさに「精神が統合されてない」、「精神が分裂している」。*1
著者は、それを幼い頃からの虐待のせいって言ってるけど、統合失調症って遺伝要素も大きいし、むしろ、狂信的な母方の家系の遺伝かも知れない。

金神の江渡貝くんはあきらかに「サイコ」に寄り道してる。妙にイケメンなのはノーマンベイツの影響だろう。*2
剥製師て設定も「サイコ」。てか、ヒチコックの時代には、エドゲインの作品を画面に再現出来なかったので。それは、トビー・フーパーの時代にならないと。エドゲインの実際の作品は、恐らく捜査資料の写真が流出しててネットで見られる。実物は墓地に埋葬されたそうな。
てかさあ、エドゲイン捕まったの1957年で、ヒチコックの映画は1960年なんだよお? なにこの急ぎ働き。

「サイコ」のノーマンベイツ、結局、何人殺したのかハッキリしてない。劇中では2人だけ。これはエドゲインも同じ。
FBIのシリアルキラーの定義だと(鎮静期間を置いて)3人以上の殺害てなってるから、実はエドゲインもノーマンベイツも、シリアルキラーではない。
江渡貝くんになると、少なくとも作中では誰も殺してないし、鶴見殺すのにもすごーく躊躇してる。

エドゲインと江渡貝くんの違いでもう一つ大きいのは、被害者てか、死体の選び方……エドゲインは徹底して、年配女性のみ。死体も、殺人の被害者も。
つまり彼は母親に強い愛憎、アンビバレントを抱いてて、実母は聖女として崇めながら、彼女によく似た女性にかわりに(虐待の)復讐したと。

江渡貝くんは死体には特に拘らないようにみえる。炭鉱夫が主だから男ばっかだし。女の剥製て、はっきり見て取れるのは母親だけだ。
それに、社交性。江渡貝くん、内気ではあるけど、海外とも取引するくらい、ビジネスの能力あるんだし、鶴見を丸め込もうとするあたり、話術もそれなり。
エドゲインの無垢さ、平凡さをもっと強調した感じ。

金神では、徹底して、江渡貝くんを無垢に書いてる……例えば、エドゲインの資料で有名な被害者バーニーウォーデンの遺体の写真があるけど(ちなみにこの本には載ってないよ!)、その写真は、代わりに、家永のエピソードで使われてるのだよな。(家永、医者のくせに、被害者の死体の扱いが乱暴だ。獲物を逆さ吊りにするのはハンターか解体業者っぽくて、ちょっと違和感)

エドゲインの両親が、孤独でアル中の父と、バイタリティ溢れる強気な肝っ玉かーちゃんで敬虔な教徒な母親、てのは、江渡貝くんにも引き継がれてるけど。江渡貝くんはそこまで母親への執着はない。

江渡貝くんの作風と、エドゲインの作風の微妙な違いもちょっと気になってる。エドゲインはあくまで母親になりきるためのコスプレなんだけど、江渡貝くんは、もっとファッション的だ。素材のせいなんか?
エドゲインの家はゴミ屋敷だったそうで、まあそれは統合失調症の症状の現れなんだろなー。ちなみにかなりデカい家だが、事件直後に原因不明の火事で全焼してるのだ。(観光地になることを怖れた地元民の放火ってウワサだ)
江渡貝くんはむしろ仕事の道具以外、何もないくらいに片付き過ぎ。その意味で、彼の精神は健全過ぎる。

つまるとこ、江渡貝くんは、健全過ぎて、ワタシ的にはイマイチ、面白くないんだよおおおお。
ちょっと趣味が変わってるくらいで。
尾形くらいに、ドライでクールで闇の濃いやつのほうが

「オリジナルサイコ」の著者の人、大学辞めて、今は犯罪研究家になったそうな。著書多数だけど、邦訳出てないのだな……これだけだ。アルバートフィッシュとかHHホームズの本、読んでみたいー。*3

*1:念為。現在は統合失調症、かつては精神分裂病って訳語だったのね。原語はドイツ語のSchizophrenia。「分裂したSchizo」「Phrenia精神病」。

*2:てかエドゲインみたいなジジイだと、さすがに鶴見も手を出さなかったんじゃ……いや、わからんな……

*3:このへんも有名なわりに、ちゃんとした本が翻訳されてない。HHホームズたら、「悪魔と博覧会」くらいか。