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日々是々

金神256「篤四郎さんの一番」感想 ゴールデンカムイ

あううう
ここでこの作品を引用するっ?

「なんのために生きるか」

腹を撃たれて、宇佐美は自分の死を悟った。
もはや尾形のことはどうでもいい、鶴見の許へ還ろうとする。
彼が望んだのは献身の報いなんかではなく、もっと大きなもの。
それに比べると、父や母にただ眼差しを望んだだけの尾形は慎ましい。

P17の鶴見と宇佐美は、ミケランジェロの『サン・ピエトロのピエタ』。(→ピエタ (ミケランジェロ) - Wikipedia))*1
ミケランジェロ、4点のピエタ現存してるけど、これが一番有名な作。

念為。「Pietà」のお題は、刑死した我が子イエスの死体を抱く母マリア。救世主としてこの世にあった息子が、自分が救うべき民衆によって死刑に処せられる。その死体を十字架から下ろして抱く。とはいえ、ナザレのイエス、後でちゃっかり生き返るんだけどな。

鶴見が、またもや、聖母マリアに擬えられる。
彼の「愛」は常に本気ということかも知れない。
彼にとって部下たちは子供なのか。*2

宇佐美、前回、ドテっ腹に風穴開いた時点で、致命傷だし死亡確定してるんだけど。(現代の医療技術でも、あの部位の貫通銃創は厳しいんでは……?)
もうこれ以上、彼の変態物語が綴られないのは残念である。
精子探偵とか。

尾形に嫉妬して、鶴見に反目させたのは宇佐美自身だ。
造反に至った決定的な原因は、やはり、宇佐美の言葉だったのかも?
巡り巡って、尾形と宇佐美は殺し合い、尾形が勝った。

尾形は、仮定法で話してる。
尾形「その陳腐な妄想に付き合うとすれば」(第243話)
尾形「安いコマかどうかそんなに不安なら
本気で、鶴見が宇佐美のことを安いコマとしか見てないと思っていたのだとすると、尾形は誤解してることになる。それは彼自身が鶴見にタダのコマとしか見られてないと思ってたことの投影。
それとも、そもそも尾形は他人に全く関心ないので、二人の思惑を考察することもない、それで宇佐美の「妄想」を前提として話したのか?

みんながみんな、少しずつ誤解していたのかも知れない。この作品に全知全能の者はいない。
宇佐美は鶴見の寵を疑ってしまった。
鶴見は、宇佐美の恋情の激しさを計り損ねた。

尾形が腹を撃ち抜いた時点で、宇佐美はじきに死ぬことが確定してる。
二度目の射撃には、弔辞と腕試し以上の理由はない。
杉元たちのいる部屋越しに、窓枠の重なった狭い隙間を通した精密射撃をしてる。
これがスゴいの、宇佐美が一旦建物の角に消える、次に窓枠の隙間に現れるはずだと狙い付ける。
おそらく、トリガー引いた瞬間は宇佐美の姿を見てなくて、移動速度から予測射撃してる。宇佐美は既にヘロヘロになってて動きが予測出来ないし、馬を走らせてるので、さすがにヘッドショットは狙えなかった、かな。
尾形の射手としてのプライドを賭けるに相応しかろう。あ、これ、杉元に居場所知られるんじゃ。弾丸が杉元を掠めてるはずだし。

恐らく軍では宇佐美が一番に親しい、「戦友」と呼べる相手だったんだろうけど、殺すことに躊躇もない。
相手を撃つときに言葉をかけるのは珍しい。いつも標的はただの的としか見てないのに、宇佐美に対してはメッセージとして言葉代わりに銃弾を撃ち込んでる。
多少は宇佐美のことを戦友と見做していたのかも知れない。
彼の言葉どおり、宇佐美は、死に瀕して鶴見の顔を見て、自分は安いコマではないと確信した。

「顔を見る」というのは、神との対話の比喩かも知れない。「神の顔を見た者はいない」という。もちろん自分の葬式で会葬者の顔を見ることはできない。
尾形は自分の父の死にゆく顔を見つめた。もはや父は神の代理人ではなく、ただの獲物に過ぎなかった。
顔を見ることが出来るのは、相手が自分と同じこの世に在るからで。
尾形が母や勇作さんの顔を思い出せないのは、自分とは別の世界にいると思っているからかも知れない。

最後の生命を振り絞ったその胸を、尾形が撃ち抜いた。
スローモーションで3頁もかけてくずれおちる宇佐美。
その身体を受け止めるのは唐突に現れた鶴見。
この鶴見の顔はとことん優しい。
243話で描かれた三角関係の、一つの帰結。

鶴見は、宇佐美を仕留めたのが尾形だと気付くだろか? 気付いたとしてもそのカタキを討ちたいとは思わないだろう。
宇佐美の願いは、既に成就してる。

新潟弁!!
二人っきりの言葉。……いや月島も新潟人だけど、この場にいないから。
23巻で回想が新潟弁になっていた意図がハッキリする。
二人はもう軍隊組織の中の上官と部下ではなく、故郷で出会ったころに戻る。
言葉はそれ自体が一つの国であり故郷であり、「聖地」なのだ *3
んー「ゴールデンカムイ」のタイトルの示す、皆が探し求める「カムイ」とは、「言葉」なのかもよ?

<あなたの中に入りたい、あなたとともにいたい>と、差しのべられた指を躊躇なく噛み千切る鶴見。恐らく彼はそれを飲み込んだ。この瞬間、二人は心身共に一体だ。
最期に下の名前で呼び交わす。無言でないのがいい。名前を呼ぶことは、相手を所有することでもある。
鶴見は「愛」で相手を支配する。
宇佐美の鶴見に対する愛も、けして無私や献身や慈愛でなく、ナルシシズムの邪念があったにしても。最期に鶴見に抱かれ、その一部になったことで至福を得た。
宇佐美は鶴見を所有したい、一体化したいと望み、鶴見はそれを受容れることで宇佐美を支配し、隷属させる。それこそが宇佐美の願いでもある。
お互いに納得ずくなのだ。
グロテスクで壮絶で淫靡で、崇高な、死。今までに、辺見ちゃんや、親分と姫、江渡貝くんで描かれた、エロスとタナトスの絡み合いのドラマの完成形かも知れない。
至福の瞬間に時が止まった、彼の世界はこの上なく美しい。
完璧な死。

最後の最後まで相手を支配する鶴見、相手を所有し一体化を望む宇佐美。
マキャベリストナルシシストが、全力で聖地への愛の道行。その場面を用意したのが尾形、て、デキすぎ。
新潟弁にしろ表紙の背景の監獄にしろ、23巻は、この宇佐美の最期を暗示してたのか。

ここでふと、この作品全体を象徴する(その割に本文ではずっと出てこなかった)言葉が浮んできてしまう。
カント オワ ヤ サク ノ アランケ シネプ カ イサ
「天から役目なしに降ろされたものはひとつもない」
前にも書いてるけど。
この言葉は二通りの、正反対の意味に解釈出来てしまう。
一つは、「生まれたときに貴方の役目は決まっているのでそれを探せ」という定命論。
もう一つは、「予め決められた役目など知ることは出来ない、どう生きて死のうとも、できることに全力を尽くせ」って不可知論。*4
私は、後者の意味に解釈したいのだ。
宇佐美は、鶴見への役目を果たして、歓喜の中、逝った。

杉元自身が、「なんのために生きるか」ってドグマに縛られてるんだよな。彼自身の個人幻想だ。彼は、誰かのために自分は生き続けなければならない、不死身でなければならないと思ってる。

私は尾形が一のお気に入りだし。
宇佐美の死について、手を下したのが尾形だから、納得出来る。
致命傷を与えたとき、尾形に悪意はない。ただ宇佐美を敵として排除しただけだ。
宇佐美、尾形に遭遇したときに、さっさとその場を離れれば良かった。鶴見に合流するって重大な役目があるのだから。
銃剣を抜いたときも、すぐに馬乗りになって刺せば良かった。
ただ尾形を下して罵倒したかった、そのために弾薬を装填する隙を与えてしまった。
実力はあるのに、衝動や感情に振りまわされて自分でツケを払うことになる。いつもはコメディにされてしまうのだけど、今回の相手は死神の尾形だった。

とはいえ、ピエタを演じてる二人を他所に、ガキのようにはしゃいでる尾形が、カンに障る。死亡フラグっぽくて、なんかイヤ……
前回、目に陰が射して化け物じみてたのが、人間の世界に戻ってきたようだ。
この銃も宇佐美のヤツだっけ。
尾形、義眼入れてるんじゃん。恐らくガラスの義眼のほうが人間らしい輝きがありそう。
狙撃手として完成するまでは、繃帯を外したくなかった、と。

尾形「狙撃手の俺を完成させた」
確かにあの超精密予測射撃はスゴい。
尾形「狙撃兵は「人間を撃ってこそ」だ」(第243話「上等兵たち」
宇佐美が撃たれることは、ここで予言されていたらしい。

宇佐美「写しと…」
「これを…」
「それに門倉…」

……ん? 牛山の写しと門倉はいいとして、「これを」ってなんだろ?

ところで、コンピュータ界隈では、256って特別な数字だ……*5
十進数の256は十六進数の100、(256)10=(100)16だし。
第100話にも尾形はいた。
特に数字に意味を持たせてるとは思わないけど、ちょっとオモシロイ。*6

上エ地がなにかやってるんだけど、まったく、気にならないぞ……!

*1:昔、イタリアで実物、見た。 銀塩フィルムのプリントからスキャンしたから荒いけど。もっといい画像はWikipedia、その他、ネットで探してください。
f:id:faomao:20201015013050j:plain

*2:軍組織を家族に見立てるのは日本軍の伝統……てより、軍も家庭も、学校や会社も、同じ、フラクタル様の組織としてすべて「国家」に統合されるのが、全体主義体制な近代日本の社会なので。

*3:言葉の聖なるチカラについては、マクルーハンが解説してる。

メディア論―人間の拡張の諸相

メディア論―人間の拡張の諸相

*4:「人間到る処青山あり」と同じ意味。

*5:情報科学科で飲み会とかやると、最後には、「よーし2・5・6拍子〆するぞー」とか言い出したものである。

*6:第200話までの間、ちょうど100話分に尾形が出てるとかね?