day * day

日々是々

金神220話「毛皮」感想 ゴールデンカムイ

シュレーディンガー??

アシリパ「わからないことをカムイのせいにして 考えることをやめるのは良くないことだ」
アシリパさんがいちばん理性的っていう。

もともとアシリパさん、砂金掘りに否定的なんだっけ。
金塊にも興味がない。
杉元と白石は、カネに目が眩んで、ちょっと理性失ってるのだね。

アオリ、シュレーディンガーとか言い出すと、あれ、平太も杉元も、どっちが「正しい」ってわけではない、て意味になっちゃうぞ……?
生き残った者が波動関数を集束させるって意味か。
このアオリはたぶん、担当さんがつけたんだろうけどなー。
主人公である杉元が、メインの観測者ではあるんだけども、平太が生き残って、平太の妄想だと思ってた話が現実だと決定されてしまう可能性も、微レ存。*1

この、『ゴールデンカムイ』って作品全体、神の視点が描かれない、読者にすら神の視点は与えられないって特色がある。
マンガってメディアの特性から、まるで絶対的客観的視点が存在するように見えるけど、全てのシーンは誰か、作中に存在するキャラの主観で描かれてる。
作中で、「絶対の真実」は存在しないし、「信用出来ない語り手」ばかりなのだ。*2

そうかー平太の一家も、平太の脳内のみだったかー。

よく見ると、平太以外の、親父・嵩兄・ノリ子・三郎が、杉元たちと一緒に描かれてるコマはないんだ。
細かいカット割で繋いでるけど。
そういや、ねーちゃんスキーな白石が、ノリ子に全く反応してないしな!
杉元一行が描かれてるコマ以外はすべて、平太の主観であるらしい。

そりゃ、ヴァシリも困っちゃう、おっさんにヌード描いてくれって迫られても……
意外と平太、イイ肉してるな。

ノリ子「皆さん どういったご関係?」
ゴールデンカムイ218話)
嵩「ノリ子!!何やってんだッ」
ゴールデンカムイ219話)

ノリ子なんかが喋るシーンは、平太以外の目にはどう見えてるんだろう?
平太の一人芝居なのか?
それともそれ自体が平太の脳内で、平太はなにも喋ってないのか?
嵩兄とノリ子のラブシーンも完全に平太の妄想で、その時平太は木の上にいる。

杉元「平太師匠 どうした熊がいたか!?」

平太が杉元に抱きつくシーン、よく見ると、杉元と一緒のコマでは顔に血糊が描かれてない。つまり直前にノリ子が襲われた件は、杉元たちの視点では起きてない。
一方で平太だけのコマでは顔に血の汚れが描かれる。

そして、囚人仲間なのに、気付かない白石……
新しい刺青の囚人は、第172話の関谷以来、48話・1年以上ぶりって、かなり間が空いた。
100話までは13人、対して101~220話では7人しか出て来てない。
平太で20人目、全部で24人なので、残るは後4人。

網走の脱獄事件は、物語開始時点で「1年ちょっと前」(杉元とアシリパさんが出会ったのが1907年春って推定、とすると脱獄事件は05年暮から06年初頭)って言われてるから、220話の時点からは2年程前。
平太が刺青の囚人なら、砂金採りを始めたのはそれ以降ってことに。

サブタイトルが「毛皮」っていうのが意味深だ。
平太はクマの毛皮を被ってクマになりきってる。
まさに熊憑き、ベルセルクってやつ。(→ベルセルク - Wikipedia
いつから・なにを切掛に、平太がクマに憑かれたのか、一家がそもそも最初から存在していたのかもよくわからない。

平太、ずっと以前に、ノリ子に横恋慕して、嵩たちを皆殺しにして、死刑囚になって網走に送られたのかな?
もし網走に収監されてたときから、熊憑きだったりすると、白石が憶えてないわけないよなあ。
脱獄のあとに、なにかの切掛で、熊憑きになった。

杉元の腕折った――!!
ベルセルク状態だから可能なんだよな……

巻またいでまだ話続くのー?

Twitter眺めてて。
平太が、「7人のアイヌ殺しの真犯人」て説もあるのだね。
なるほど。
平太が、昔一緒に砂金を採ったというアイヌが、ウイルクたちの可能性もある。
例えば、「北海道アイヌは人や動物の似姿を刻まない」(→金神219「平太師匠」感想 ゴールデンカムイ - day * day)説があるのだけど。それが前回、クマの煙草入れが出てきたので、そういう例もあるのか、くらいに思った。
ウイルクは樺太アイヌだから*3、クマの煙草入れを持っていても不思議じゃない。
平太が刺青の脱獄囚の一人ってことで、ウイルク=のっぺら坊と接点があることがわかったし。
もしかすると、平太は、ウイルクがのっぺら坊になった経緯から知ってるのかも知れない。
何気ない逸話だと思うと、もしかして、これから終盤に向けて大きなエピソードになってくる~?

*1:全ての事象は確率でしか言い表せないってのが、シュレーディンガーの思考実験から導かれる不確定性原理だから……

*2:だからこそ、史実との齟齬も許されるんだよね。登場人物の主観でストーリーが綴られてるから。歴史はあくまで、現代人が、各種史料から再構成したストーリーだし、フィクションと比べて、「絶対の真実」なんてのがあるわけじゃない。

*3:樺太アイヌは人や動物の似姿を刻む。