金神255話「切り裂き杉元」感想 ゴールデンカムイ
déconstruction!!
彼女、どうしてオストログが息子だと知ったんだろ? 「腹に痣のある男」のことを娼婦仲間に聞いたのかな?
オストログ、ロシア人ってのは全くなかったことになってるのか。
このマイケル・オストログは、現実のロンドンの事件で名前の見られるマイケル・オストログとは、プロフィールも全く違う、架空の人物ということになる。
母親が娼婦だった、って説はちょっと新しい。
ジャック・ザ・リッパーの正体が王家やその関係者って説も根強い。
処女厨で母親嫌いのミソジニスト。
オストログ「ワタシは処女の母から生まれた神の子だ…」*1
もしかすると。
彼は教会で育てられたので、強力な性嫌悪を植えつけられたのかも知れない。特に社会が個人に与える抑圧が現代よりもずっと強かったビクトリア朝時代のことだし。
自己の性欲を恥じていて、それでも抑えきれない性衝動を女性のせいだと転嫁する*2
だから自分は処女から生まれたと思いたい。ナザレのイエスって実例があるから自分もまたそうかも知れないと。
それが、自分の母が娼婦だと知って絶望した。
彼にトドメさしたのが、女で人生狂った牛山ってのが出来すぎだ。
しかし牛山は、正統派のオンナスキーなのだった。
彼は娼婦を観音様といい、むしろ崇めてるくらい。
オストログの死に方は悲惨だが、ロンドンの事件の被害者「5人目」メアリー・ケリーを模してるのかも知れない。腹を切り裂かれ腸が引き出されるとか喉を切られてるとか顔面を破壊されてるとか。今も残る現場写真からするとメアリー・ケリーの死に方のほうがヒドイ。*3
サブタイ「切り裂き杉元」からしてもね?
アシリパさん、やっぱり尾形を射たことがトラウマになってるようだ。
ぎりぎりのとこで杉元が助けに現れる。
彼女の命を、でなくて、彼女を殺人の罪業から救うために、ってのがイイ。
杉元「人殺しの風上にも置けねぇぜ」
……うん、まあ、今まで多くの人殺しに会ってきたし、杉元は自分もまたその人殺しの一人だと自覚してるからね……
ぎりぎりのところでやっぱり人を殺すことに躊躇するアシリパさん、彼女のためなら人殺しなんか平気な杉元。
暴力にいちいち思い悩んで理由を求める彼等より、もっと暴力にカジュアルな上等兵s。
二人とも「生まれながらの戦士」だ。
戦闘能力だけでなく度胸、殺人や暴力に躊躇しないって精神的な特性がある。
だからこそ、上等兵になったともいえる。
宇佐美は素手で殴って感触楽しむタイプ。
今回、尾形、呻き声以外はなにも喋ってない。
……こう見ると、尾形、スゲえ気持ち悪いヤツだ……宇佐美のほうがまだ、わかりやすいし、感情豊かで、愛すべきチンピラ臭ぷんぷんしてる。
尾形、ナニコレ。殴られながら笑ってるのは9巻のときも同じ。しかし顔に感情がほとんど出ない。
弾丸咥えて舌で装填するとか、シチュエーションとしてはエロいんだけど、無気味さのほうが先に来る。
苦痛を感じてるはずなのにそれを表情に表さない。
ラストの3頁で尾形がまるで化け物のように描かれるのは、それが、彼の本性だからかも知れない。
彼は普段は人間のフリをしてるけど、余裕のない、必死のときは、化け物じみた本性が剥き出しになる。
作者氏によれば美形らしいけど*4、たまに彼はひどく醜い顔したり、化け物のようになったりする。
目に陰が射す描写、17巻でもそうだったけど、化け物とかの表現じゃないかって思ってる。
雪を食べてる尾形、目の色が違ってて、コワイ。 妖怪じみてるんだけど、さらに、能面の怨霊みたいだ。 「此世の者ではない」と。*5
金神17巻の感想 上 ゴールデンカムイ - day * day
宇佐美は喋ってる、尾形に対して対話、というか、服従を求めてる。同朋として。
彼のプライドは、ホモソーシャルな集団の中で上位に立つこと。だから、身分にこだわるし、尾形を商売女の子供と貶す。
尾形は喋らない、宇佐美を対話の相手と見てない、ただ排除すべき障害としか見てない。
彼は自分の力量にプライドを持っている。他者と比べたりしない。そもそも彼は同朋の集団を認めてないから。他者に対して、母の身分を蔑んだり、父を誇ったりもしない。徹底して孤高でいる。
尾形が今回、呻き声以外は喋らないの、宇佐美を対話の相手と見なしてないばかりか、読者にすら、感情を説明しない……尾形、しばし、そんな描写かある。
宇佐美のほうがずっと人間らしく描かれてる。
そういや、アシリパさんが本音の時に変顔になるのと同じか、これ。
尾形の変顔だ。
「人間」とかいう幻想を剥ぎ取った、ナマの本性として。
念為、私は、そんな尾形が一番に好きだけどねっ
宇佐美は尾形のこと、「百之助」って呼ぶんだ。
宇佐美が、尾形に対して兄貴分のように振る舞ってるけど、この二人、十代の頃から知り合いじゃなかろか? 鶴見の元で、というか、稚児みたいな?*6
仰向けに倒れたり、腹這いになったり。そのたびに、弾薬盒、どこいくの……あれ硬いし20g*7の実包が最大計120発だから弾薬だけで2kg、容れ物の重さ合わせて3kg超えるはず……あれ装備してごろごろ転がってるとかなり痛そうな。
杉元「誰から生まれたかよりも 何のために生きるか」
は、まま尾形にもあてはまる。
子は親の複製ではない、血統よりも個人の生を重視すべき、って、この作品で往々語られる。*8
オストログと尾形はプロフが似てる――オストログも母を名乗る女、殺してそうだし。
しかし尾形は母のことを恨んだり嫌ってたりしたようには感じない。父のことを誇ったり自慢したりしないのと同様に。彼は血縁からも自由だ。
尾形が常々、アシリパさんを予言してること考えると、アシリパさんもいずれ父の娘であることを否定するのだろうか?
父が運動を継がせるために自分を作ったのではなく、ただ、ウイルクとリラッテが愛し合った結果、自分が産まれたのだと。前回、アシリパさんの母の名が出てきたのはそういう意味なのだね……それまで「アシリパさんの母」でしかなかった彼女が、「リラッテ」という名を持つ個人として登場した。*9
しかし尾形自身は、父母の愛を否定してるし、そもそも彼は「愛」への感受性が低いんじゃないのか?
宇佐美、余計なおしゃべりで機を逸するのは、網走監獄での二階堂と同じ。
あの位置を貫通するのヤバくないだろうか? 杉元もあの位置には貫通銃創ない*10
そして、今や、スーパードクター家永はいない。
宇佐美がここでリタイアしたら、門倉の背中に何を見たのか、すげー気になるじゃん……監獄でも土方組でも、風呂は共同浴場のはずだから、皆が驚くようなものじゃないはずだよね、じゃあなんで宇佐美は驚いたのか、て。
宇佐美にはもっと長生きして欲しいけどーっ
彼が鶴見を殺すところを見てみたい……
*1:金神の作中で「神の子」と称される者は何人も出てくる。アシリパさん、勇作&尾形、稲妻&蝮の子
*2:男尊女卑の強い文化では現代でも広まっている考えでもある。
*3:ただし彼女は最初の喉への一撃で死んだのでそれ以上の苦痛は感じなかったろうと言われる。
*4:正直、彼を美形と言われてしまうと、私の中で「美形」とはなにか、と、根源的な問が沸き上がってくる。
*5:能面、怨霊や幽鬼は、白目の部分が金や赤。
*6:なんだか鶴見、「パタリロ!」のラーケン伯爵思わせるな! 少年たち集めて愛人兼工作員にしてる。
*7:これは火薬抜きの実弾→
*8:実はこれは仏教やキリスト教などヒューマニズム主体の宗教にも共通してる。
*9:月島や鯉登も、欺瞞や幻想の関係性から、個々人の自由意志で成り立つ共同体へと脱構築されたともいえるし、その切掛もまた尾形なんだ。尾形が皆を啓蒙してる……
*10:→