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日々是々

金神236話「王様」感想 ゴールデンカムイ

……またこういうヲトメ大歓喜なネタを……

今回で一番気になるのは、房太郎と親分、どの段階で姫に踏み込まれたのかってことだ。

房太郎「親分の手下に囲まれちまった」
なんてあっさり言ってるけど、要は、二人でシケ込んでたとこに、姫が手下連れて乗り込んできたわけで。*1
どう見ても修羅場です。
姫がニラんでるぅ。最後まで振り返って。
いきなり元脱獄囚仲間が訪ねてきたんじゃ刺青人皮が目当だと警戒されるから、房太郎と親分、網走でも親しい仲だったはず。
親分、男娼を買ったり白石に食指が動いたりもして相当な浮気者で、それにいちいち嫉妬する姫、姫に怒られるのわかってるのにやっぱり浮気する親分……
まあ、親姫、最後は一緒に死ねて良かったんですかね、と。

二人が会うのは飲み屋でもよかったのに、わざわざ連れ込み宿に設定するって、作者様に脱帽ですわ。
ゴールデンカムイ』、青年誌なのに、こうして、男同士の性的な関係を否定しないことで、物語の幅を広げてるように思う。*2

房太郎と親分、肉体関係はあっても恋愛関係では絶対になくて、房太郎はあくまで寝首を掻くつもり、親分はタダの浮気。互いに互いの身体だけが目当って意味では、相通じてる。*3

房太郎みたいな、目的のためなら手段を選ばないってキャラ大好きだけどね!
そういや、この房太郎のキャラ、高村薫の「李歐」を思い出させる。李歐は満洲に自分の王国を作ってたけど。とすると平太は一彰か?*4

親分、房太郎ばかりか、茨戸とも関係があったとは。
ウワサの出所は親分だったのか。
うーん、ウイルクが暗号の天才なら、「24枚全部揃わないと解けない」なんて、タイトな設計にしてないと思うけど。
刺青人皮は何枚か欠けてても大丈夫(事故なんか考えたら半分くらいなくなってもよさそうな)、だけど、アシリパさんの知るパスフレーズは絶対に必要、なんじゃないのかなあ……
でも今まで1枚も欠けてないのは奇跡だ。今まで23人出てきてて、行方不明になってるヤツいないし。
「変な野郎」ってのはきっと飴売りのことですわね。
房太郎、親分の言うことはあっさり信じるんだなー

海賊王になりたい房太郎の夢は、なんだか、コンラッドの「闇の奥」*5みたいでもある。
同じように、病で家族を失い、地域の共同体から追放された杉元との違い。

杉元は「俺は不死身だ」と叫ぶ。「不死身の杉元」の原点は父との離別だったと。
しかし、これは、自分自身を鼓舞してるだけで、ホントは、自分が不死身だとは思ってないし、不死身でいたいとも思ってないのではないだろか? ただ他人のために不死身でいなければならない、と思ってる。
杉元は、房太郎の王国の夢には懐疑的だ。

房太郎「子供をたくさん作って俺の家族の国を作るんだ」
というのは不死願望の一種なわけで。
「血」を通して自分の一部を子々孫々、残したいと彼は言ってる。

前々、こんなこと思ってるんだけど。
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鶴見がカニの仕草をするたびに、これ思い出す→鯨骨生物群集 - Wikipedia
鯨の死体を資源に、暗黒の深海の底に1つの国が勃興し、数十年でまた消えていくって、詩情に満ちた生態系のロマンじゃないですか。 まるで、巨人の死体から世界が作られるって創世神話のようでもあり。
そして、殺されたアイヌ達の遺した金で、死んだ戦友達への手向けに国を作ろうとする鶴見達もまた同じ。
金神13巻の感想 ゴールデンカムイ - day * day

鶴見、土方、ウイルク、ソフィア、皆が皆それぞれ自分の国の夢を語る。
鶴見は戦友達に報いるといい、土方やウイルクはアイヌなど少数民族のため。
房太郎は自分の血族を。

房太郎が目指すのは自分の所有物としての「王国」。
土方、おそらくウイルクも、目指していたのは、多民族の共和国。
鶴見が表向き目指すのは、軍事独裁制国家。
ソフィアは……共産主義なのか?*6
それぞれの目指す国のカタチが違う。

そして、恐らくアシリパさんは、そのどのカタチも選ばないだろう。
たぶん、彼女が目指すのは、文化の研究者、伝道者の道では? 映画製作には挫折したようだけど。
地上ではなく、人々の心の中に、アイヌの国を作ろうとしているのではないだろか?

最近、満鉄について読み漁って。
夏目漱石の「満韓ところどころ」が面白かった。漱石が1909年に満洲に行った遊覧記で、旅順攻囲戦の戦跡巡りもしてたり、それも実戦に参加した将校がガイドしてくれるとか羨ましい。
漱石やその他の文献からふと思ったのは、満鉄経営ってただの鉄道会社でなくて、なにか、一つの王国、ユートピアを作ろうとしてたんだなあ、と。内地にはまだない今風の遊園地らしき電気公園が作られてたり、高速鉄道の技術が50年後の新幹線にも繋がってたりして、当時の人々が満洲に見た夢の片鱗がうかがえる。
とは言え、その夢は、(トマスモアの元祖ユートピアとは大違いで)大陸への侵略と収奪の上に成り立ってるのが業が深い……現に、漱石満洲から帰国した直後に、伊藤博文が哈爾浜で暗殺された。帰るの遅らせてたら、多分、漱石を招待した満鉄総裁の中村是公と共にその場にいたかも知れない。この紀行文自体も、暗殺事件の影響で新聞連載が途中で打ち切りになってしまったのがちょっと残念。
そういう傍迷惑な点も含めて、鶴見が部下たちに語った独立国の夢想にも重なるような。
気がついたら、鯉登って、板垣征四郎(1885年生)とほぼ同じ年なんだ。鶴見が満州国作るぞーとか言って真に受けた鯉登が、鶴見の死後に板垣征四郎のように満州事変起こすルートもあるのかなあ、とちょっと思ったりした。

杉元の身の上聞いて、すぐに同情してみせる房太郎、なんてナイスガイなんだ……
房太郎はこの世を謳歌してる。

杉元は、人間不信、厭世観に囚われてるようだ。
杉元、アシリパさん以外の誰も信用してないし、実はアシリパさんに対しても、信頼はしてても信用してるかは怪しい。いろいろと隠そうとする。
それは杉元自身の弱さでもある。

黒猫に対して、
杉元「お前も役に立たねえな」という。
それはもちろん自分自身への言葉でもあるけど、彼は「誰かの役に立たなければいけない」と思っているらしい。
しかし父はやんわりと窘める。
杉元父「自分のために生きるのは悪いことではないんだぞ」
そして今度は、杉元は、父の言葉のために生きることになる。

「kanto or wa yaku sak no a-rankep shinep ka isam/天から役目なしに降ろされたものはひとつもない」*7
杉元は、この言葉をどう受取るのだろうね?

この杉元と父親の臨終の対話は、103話の尾形と父との対話と、対になってるのかも知れない。
杉元は病で天涯孤独になったけど、尾形は自ら肉親を殺した。
杉元の父親は、杉元に、「生きろ」という。
それは父の祝福でもあり、尾形が父から最も望んだものだったはずで。
父の「生きろ」という言葉は、杉元には呪いでもある。彼は自らに生きる理由を言い聞かせる。
尾形もまた、なんだかんだいって、しぶとく生き延びる。
二人とも、自ら死を選ぶような人物ではない。
自殺とは、「殺したいほど憎い相手を殺せないときに、相手を自分に投影して自分を殺す行為」なのだという説があって。
とすれば、尾形はそこまで他人に対して強い感情はまずないし、あれば肉親のように自分で殺す。
杉元も、憎しみから人を殺したりはしない。

やっぱり杉元の母親も描かれない。
この物語全体、母親の存在がものすごーく薄いのがずっと、気になってるのだけど。
杉元はじめ、ほとんどのキャラが母親を亡くしてるし。
「名前と台詞のあるキャラの母親に名前と台詞がある」のって、鯉登ユキさんだけじゃなかろか? 鯉登は、理想的なエリートとして描かれてるから、母親の存在を無視するわけにはいかなかったのだろうか。
まるで、どのキャラも、自分を産んだ親という以上に母親と関わりを持ちたくないかのように。

*1:この和風旅館おそらく専門の連れ込み宿に行って姫にバレたから、次は、家永の世界ホテルに泊まったんだね、親分。

*2:こういうのが本来のポリティカルコレクトだと思うんだけどなあ。

*3:脱獄囚仲間の殺伐系因縁話なんて、ワタクシがBL二次で書きたくなるようなネタを、原作で描かれてしまうとちょっと慌てる。

*4:高村薫、ベストに好きな作家の一人なのだ。とはいえ「レディージョーカー」のドラマから入ったので、合田雄一郎というと上川隆也のイメージ。「李歐」のドラマ版も観たことあるけど……というかわざわざセルビデオ買ったけど……うん、まあね。

李歐 (講談社文庫)

李歐 (講談社文庫)

  • 作者:高村 薫
  • 発売日: 1999/02/08
  • メディア: ペーパーバック

*5:コッポラの映画「地獄の黙示録」の原作。

*6:話題の「熱源」ようやく読んだ。主人公の一人のピウスツキはおそらくウイルクのモデルの一部。彼の仲間はいずれ、ボリシェヴィキになり、ロシア革命を完遂する。

*7:この言葉は、正反対の二つの意味に取れるように思う。私は、「人間到る処青山あり」と同じような意味に解釈したいのだけど。