day * day

日々是々

金神24巻の感想。 ゴールデンカムイ

表紙は菊田さん、と、裏に有古。*1

ファンブックで明かされたフルネームは菊田杢太郎《キクタ モクタロウ》だそうですよ。*2
有古は、古力松イポプテ
塹壕の底で死線を共にした戦友同士、2人の道行きが今後とも気にかかるぅ。

菊田さんの顔モデルは、「イングロリアスバスターズ」のブラピ説があるけどどうだろう。この表紙の菊田さんはブラピみが濃い。

本篇

今巻、第232話「家族」~第240話「菊田特務曹長」まで9話の収録になったのがちょっと驚き。
いつもは10話、たまに11話なのに。
その分、各話毎のページ数が増加してる。

第232話 家族

インカラマッの出産。
この作品全体そうだけど、男女が徹底してフラットに描かれてるのがイイよね。青年マンガでは珍しいかも知れない。
谷垣、まず、インカラマッを労ってる。
彼女に言われるまで子供のことは気に掛けてない。
このへんが谷垣の本心からの誠実さなんだろうな。

だけど谷垣たちの家族は、そもそも別の家族に起きた悲劇が切掛となってる……

鶴見がひそかに持っていた骨は、フィーナとオリガのもの。*3
彼の大義の奥底には、失った家族がいる。
月島が垣間見た後ろ姿は、鶴見ではなく長谷川さんなのかもね。

さらにまた別の「家族」のドラマ。

月島が、父を殺し、婚約者も失って、新たに求めた疑似家族が鶴見隊だったけど、彼はもともと機能不全の家庭で育ったから、同胞愛を知らない。暴力と恐怖による秩序こそが集団のキズナだと思ってた。
月島は、それでも、殺意を持って父親を殺せないくらいには、生まれついて持った倫理観がある。それに反してでも、暴力で秩序を守ることが正義だと
それを、鯉登に、「健康的ではない」って言われちゃう。
鯉登は健全な家庭で育って家族愛が身に染みついてるから、素直に、鶴見の正義を信じられる。
鯉登「その私を信じてついて来い」
あのボンボンが、成長して、月島に「ついて来い」なんて言うなんて……鯉登は上官――兄貴分として成長してる。

前回の鯉登との対話で、月島は、鶴見を信じられなくなった。それは、彼の中で暴力による秩序――鶴見の下での疑似家族――が崩壊したこと。
だから、イゴ草ちゃんの生存を知ることが出来たならば、彼女と再会するのではなくても、鶴見以外の場所で真の家族――同胞愛で構築された家族――を探す道もあった。
月島「あれは本心だったのですか?」と、鯉登に水を向けたのは月島から。
己の正義を持つ「真っ直ぐ」な鯉登が何故、信用の置けない鶴見に従うのかと。
今回の鯉登の言葉で、月島は、鶴見の下で家族を見いだした。
だから、インカラマッの御託宣を月島はもう「必要ない」と断った。
もし、インカラマッの御託宣を聞いていたのなら、月島は、鶴見のもとを離れたのかもね。イゴ草ちゃんの生死を問わず。

鯉登「くだらない目的を持つ人間とは到底思えないのだ」と、鶴見を信じるのは、鯉登の強さでもあるし、弱さでもあるように思う。
ウラジオストクの長谷川さんのことは、月島も鯉登も知らない。
もしそれが鶴見の「真の目的」に関わるのだとしたら、彼の動機は非常に自己中心的ってことに。

あるいは失われた長谷川一家の代わりに、自分の部下たちを家族として守りたいのかも知れない。
だから裏切りを許さない。
鶴見の部下たちに妻帯者がいないらしいし、谷垣は鶴見よりも彼女と子供を選んだ。

だけど、そもそも、長谷川さんの悲劇の原因は鶴見自身にある。スパイとして、家族を偽っていたのは鶴見なのだし。
だから、長谷川さんの怒りは、どこへ向かうのか?

鯉登「お前たちにはまんまと逃げられたと報告する」といっても。
鯉登が鶴見に嘘を吐き続けられるのか怪しい。

札幌での面々。
うぉお門倉、悪運www
宇佐美に見つかってたら殺されてるよねw
宇佐美の中では死んだことになってるけど、死体確認してないでしょ……
瓦礫の後片付けしたのに。

土方一味、尾形が参謀なんだな。
このごろの尾形は6巻あたりのチンピラっぽくて。
彼も宇佐美も銃持ったままだけど、お互い、気づかないものであるらしい。
今まで、宇佐美と尾形が対話したりお互いのことを言及してるシーンがない……彼等の関係性は後々、強烈なカタチで描かれることになる。

剣呑な性格なのは共通してるのに、とことんクールな尾形と、常にホットな宇佐美と。*4

で、さあ、海賊房太郎氏。あんまりドラマが語られないうちからビジュアル先行してるんですけど。
なんですか、このイケメンぶりはwww
1ページぶち抜きのピンナップとか。
こういう正統派にフィジカルに美形キャラ、本作には珍しい。*5

そして歌志内。
また新たな脱獄囚が。
殺人ピエロったら、スティーブン・キングの「IT」か、ジョン・ゲイシー
……などと、新たな凶悪犯が登場するたびに、元ネタを考えてしまう、金神クラスタ・ビザーロ部。

第233話 飴売り

もう福寿草の季節。関東だと早春だけどね。
いつのまにか春になってる。

つまり、キロランケとの出会いから1年経ってるんだなあ。

なんでやたら乳首にこだわるん……
乳首フェチなの?*6
アシリパさん黙っちゃったじゃん。

下水から顔だしてるのは、ペニーワイズでなく、白石……
もしかしてボコられて下水に放り込まれたの……?

この入れ墨マニアの男も、イイ顔してるww
飴売りのほうは白石知ってるのに、白石は全然知らないんだ? 網走のときは入れ墨してなかったのかもね?
「犬」の入れ墨は、江戸時代、安芸国広島県)方面にあった刑罰、を模した物。
でも他の墨は各地のトライバルっぽいので、単なるファッションか。なんでこの時代に、いろんなパターンの文様知ってるのかって謎。
金塊のこと仄めかすとか、つくづく食えない。

一方房太郎。
脅迫するとかでなくて、ちゃんと正当な取引で情報得るってあたり、彼は真面目だ。
ギャングだけど!

アイヌ埋蔵金を隠したのは「大昔」なんだ……

のっぺら坊の最期の台詞からすると、この「どこかの悪党」はのっぺら坊ではない。
だけど、のっぺら坊は、隠し場所を知っている、らしい。
つまり、アイヌたち殺したのと、金塊隠したのは別人だ。
なぜにのっぺら坊は殺人の罪を被って死刑囚になったのか? それに顔も失って。

男「息子たちが探しに行ったがどこにも無かった」
単行本で追加されたこの台詞がちょっと意外。
今まで、民族運動に熱心なアイヌって出てこなかったのに。
「可哀想なアイヌ」を描かないことがポリシーだそうだから、民族運動に燃えるアイヌは描きにくいのかと思ってたけど。
ウイルク~アシリパさんやキロランケくらい。
マカナックルとかアシリパさんのコタンの人たちも、黄金取り返そうともしないし。
有古はイマイチよくわからない。
キラウシは、ノンポリで、出稼として土方に雇われてるだけで、民族運動には関心なさそう。あっさりと和人の社会に溶け込んで日本人として生きていきそうな気もするし。
だから、このジイさんの息子たちが、黄金を探しに行ったというのは、もしかして民族運動に関心があるの?
旭川周辺では特に民族運動が盛んだったというし、この地方にも波及してるのかもね?

第234話 蒸気船

なんだかなあ、房太郎のイケメンっぷり。
狙ってる? 狙ってるでしょ???
美形のはずのヴァシリ*7もいるしね?
なんでこんなにイケメンばかりなんだ、アシリパさん周辺。

羨ましい。

当時の石狩川は、今よりもずっと曲がりくねってたそうで。
土地も悪く洪水も多くて、大正期から大規模な改修工事をして、現在に至る、と。
石狩川 - Wikipedia

外輪船については。
石狩ファイル/0047石狩川の外輪船
これを参考にすると、杉元・アシリパさん・白石・ヴァシリの一行は、歌志内から空知太(現・砂川)に出て船に乗ったらしい。
江別-月形(樺戸)間が並で50銭、樺戸-札的内が30銭ってある。空知太から江別までだと、一人1円くらいかかる?
結構、安くはない。
今だと電車やバスで2時間2000円ほどの径路だそうですが。
この船便は本来、月形の樺戸監獄に物資を運ぶため。
石狩川をもっと遡れば旭川につくはずだけど、旭川までは航路がないのかな?

もうこの頃は、札幌や函館や旭川の間には鉄道が通っていたっぽい。
石狩川治水史(1) |北海道開発局
一行が鉄道使わないのは……料金が高いのか、兵隊たちと出会う確率高いからかな?
ヴァシリとか、さすがに不審すぎる。

呑気に川下り、と思うと、海賊の出現とか……!

作者様の房太郎推しが激しいのは気のせい?

子分引き連れて颯爽と登場したかと思うと、ダイナミックなアクションで船に乗り込んで銃突きつける、なんて、ひたすらカッコイイ。ちゃんと銃の水抜きもしてるし。*8
白石と行き会って「おお~~」とか気さくに声掛けてくる。

連載時より、なんだか、イケメン度が更に上がってるんだけど。

白石はきっと監獄でフカしてたクチ。
成行で仲間にされそうな杉元。

ところで。
土方・家永・房太郎と、網走の囚人、美形に限って長髪許可してたのは、犬童の趣味なんじゃないかと密かに疑ってるのですが?
犬童、イイ趣味してやがります。

郵便配達人、フルネームが出てきましたよ?
野沢って名前からして、もしかして、顔モデルはクリントイーストウッドでしょうかね。*9

第235話 地獄の郵便配達人

房太郎「入れ墨の暗号はもう解けないってうわさ…」

ここに来て爆弾発言。

暗号を解くには、24人の刺青人皮と、「鍵」が要る。

しかし、正直、24枚全てが必要なのかどうか疑わしい。
24人全員集められる見込みがどれほどあったのか
そもそも脱獄囚ども、真面目に黄金探ししてる奴のほうが少ないくらいで。土方、牛山、白石、坂本、それに房太郎くらいじゃないのか……黄金探しに興味あったの。
後藤のオッサンや姉畑、二瓶なんかは、ヒグマに喰われそうだった。
岩息は、誰にも知られずにロシアに渡るところだったし
だから、そういう損失を見越して、何枚かは失われても復号できるように、暗号に冗長性持たせるはず。

それから、「鍵」のほう。
暗号を解くための解法、アルゴリズムではなくて、あくまでもキーワードっていうのがミソ。
これが解法だったら、他の誰か頭の良いやつが見つけ出すかも知れない。
でも、アシリパさんと父親しか知らないフレーズだったら、他の誰にもわからない。

そもそも、暗号解読に「鍵」が要るって話、いつから出てきたかって、のっぺら坊が射殺された直後に、インカラマッが言ったのが最初じゃないっけ?*10
それまで全く「鍵」の話は出てこなかった。
キロランケも、それまでアシリパさんに「鍵」の存在自体、思い出させるように仕向けたりはしてない。
網走行は、「のっぺら坊がウイルクかどうか確かめて黄金の在処を聞き出す」ため。
アシリパさんがいれば、ウイルクから直に黄金の在処を聞き出せたので、暗号も不要になるはずだった。
ウイルク=のっぺら坊が死んだ途端に、「鍵」の話が出てきたんだ……
父なる者の肉体が亡びて、娘の記憶の中の言葉に転じた。
それは父の真の名前だった。

のっぺら坊はこの物語全体で、「神」に擬えられてる人物。
「神の名を濫りに唱えてはならぬ」って聖書にいう。*11
(連載期間)1年以上に渡る樺太の旅路の途上にアシリパさんはその名を思い出したけれど、まだ誰にも明かしていない。

上手いなあ。
網走のときは、のっぺら坊にやっと対面して、これですべての答えが明かされる……! って瞬間に、山猫の乱入で御破算。

24枚の刺青人皮だけでは不完全で、「鍵」が必要、って、誰が知ってるんだ?
インカラマッが知ってたのは、占い……でなくって鶴見に聞いたのかなあ。
しかし、脱獄囚の誰も、アシリパさんに注目してないから、のっぺら坊は「鍵」が必要なことは土方以外には伝えていなかったらしい。
土方は、アシリパさんの和名も知っていたんだし、アシリパさんが「鍵」を知ってるとわかってたはず。
第222話「刺青人皮」の尾形の台詞からしてもね?*12
尾形は、土方から聞いたのか、鶴見から聞いたのか。

ウイルクは、黄金を確実にアシリパさんに渡したい……んだよね?
だとしたら、途方もない大金を隠すには、かなり、信頼性の低い手法だ。
あるいはそもそも黄金の隠し場所を示すものではないのかも知れない。

房太郎が支笏湖で潜水調査したのが「1年前」とある(第224話)。
白鳥がいるからまだ春先、北海道だと4月までいるそうだ。
ということは、杉元とアシリパさんが出会った、1907年春(推定)とほぼ同じ頃。
その時点で、脱獄事件が「1年ほど前」って話だったから、脱獄事件は06年冬~春。*13
リアルタイムは08年春。
房太郎、脱獄してから1年ほど経って、潜水調査始めてる。

イケ渋オヤジの郵便配達人。
「地獄から手紙を出すんだな ウジ虫どもッ 俺が配達するぜッ」
……やっぱりイーストウッドか?

しかーしこの郵便配達のおっさん、実力は……
そうかー初体験だったのかー
拳銃の6発+三八式5発撃って、1発も当たってないとか……しかもこの近距離で……

密かに活躍してるヴァシリ。
……なんでヴァシリと郵便配達人、シンクロしてるんだよ……

房太郎、こういう豪放磊落な高笑いするやつなんだなー
見た目は美形キャラだけど中身は親分と近いかも知れない。

第236話 王様

……またこういうヲトメ大歓喜なネタを……

今回で一番気になったのは、房太郎と親分、どの段階で姫に踏み込まれたのかってことだ。

房太郎「親分の手下に囲まれちまった」
なんてあっさり言ってるけど、要は、二人でシケ込んでたとこに、姫が手下連れて乗り込んできたわけで。*14
どう見ても修羅場です。
姫がニラんでるぅ。最後まで振り返って。
いきなり元脱獄囚仲間が訪ねてきたんじゃ刺青人皮が目当だと警戒されるから、房太郎と親分、網走でも親しい仲だったはず。
親分、男娼を買ったり白石に食指が動いたりもして相当な浮気者で、それにいちいち嫉妬する姫、姫に怒られるのわかってるのにやっぱり浮気する親分……
まあ、親姫、最後は一緒に死ねて良かったんですかね、と。

二人が会うのは飲み屋でもよかったのに、わざわざ連れ込み宿に設定するって、作者様に脱帽ですわ。

房太郎と親分、肉体関係はあっても恋愛関係では絶対になくて、房太郎はあくまで寝首を掻くつもり、親分はタダの浮気。互いに互いの身体だけが目当って意味では、相通じてる。

房太郎みたいな、目的のためなら手段を選ばないってキャラ大好きだけどね!
そういや、この房太郎のキャラ、高村薫の「李歐」を思い出させる。李歐は満洲に自分の王国を作ってたけど。

親分、房太郎ばかりか、茨戸とも関係があったとは。
ウワサの出所は親分だったのか。

房太郎と杉元の対話は、単行本で大きく追加された。

房太郎「孤児か? 捨て子か?」
というのは実は白石の生立ちだったりする。
そして、 房太郎「家族全員殺したとか?」
ってのは尾形に当てはまっちゃう。

同じように、病で家族を失い、地域の共同体から追放された杉元との違い。

杉元の身の上聞いて、すぐに同情してみせる房太郎、なんてナイスガイなんだ……
房太郎はこの世を謳歌してる。

杉元は、人間不信、厭世観に囚われてるようだ。
杉元、アシリパさん以外の誰も信用してないし、実はアシリパさんに対しても、信頼はしてても信用してるかは怪しい。いろいろと隠そうとする。
それは杉元自身の弱さでもある。

杉元は「俺は不死身だ」と叫ぶ。「不死身の杉元」の原点は家族との離別だったと。
しかし、これは、自分自身を鼓舞してるだけで、ホントは、自分が不死身だとは思ってないし、不死身でいたいとも思ってないのではないだろか? ただ他人のために不死身でいなければならない、と思ってる。
杉元は、房太郎の王国の夢には懐疑的だ。

房太郎「子供をたくさん作って俺の家族の国を作るんだ」
というのは不死願望の一種なわけで。
「血」を通して自分の一部を子々孫々、残したいと彼は言ってる。

鶴見、土方、ウイルク、ソフィア、皆が皆それぞれ自分の国の夢を語る。
鶴見は戦友達に報いるといい、土方やウイルクはアイヌなど少数民族のため。
房太郎は自分の血族を。

房太郎が目指すのは自分の所有物としての「王国」。
土方、おそらくウイルクも、目指していたのは、多民族の共和国。
鶴見が表向き目指すのは、軍事独裁制国家。
ソフィアは……民族主義社会主義であるらしい。*15
それぞれの目指す国のカタチが違う。

そして、恐らくアシリパさんは、そのどのカタチも選ばないだろう。
たぶん、彼女が目指すのは、文化の研究者、伝道者の道では? 映画製作には挫折したようだけど。
地上ではなく、人々の心の中に、アイヌの国を作ろうとしているのではないだろか?

黒猫に対して、
杉元「お前も役に立たねえな」という。
それはもちろん自分自身への言葉でもあるけど、彼は「誰かの役に立たなければいけない」と思っているらしい。
しかし父はやんわりと窘める。
杉元父「自分のために生きるのは悪いことではないんだぞ」
そして今度は、杉元は、父の言葉のために生きることになる。

自分が幸せに生きられる場所を探しに行きなさい
この父の台詞は、単行本での追加。
自分の為に生きろという父。

一方で、ウイルクは、アシリパさんに民族運動を引き継がせたがってた、自分ではなく民族のために戦えと。
大義を背負わされる娘。

ただしだ……ウイルクが、実際に、そうアシリパさんに言い聞かせたシーンはないし、アシリパさんも、キロランケに樺太連れ回されるまではあんまり民族運動に興味なかった。
もしかすると、ウイルクの最後の願いは、全然別のとこにあったのかもね?
杉元とアシリパさんは同じ場所へ行くことになるのかも知れない。

「kanto or wa yaku sak no a-rankep shinep ka isam/天から役目なしに降ろされたものはひとつもない」*16
杉元は、この言葉をどう受取るのだろうね?

この杉元と父親の臨終の対話は、103話の尾形と父との対話と、対になってるのかも知れない。
杉元は病で天涯孤独になったけど、尾形は自ら肉親を殺した。
杉元の父親は、杉元に、「生きろ」という。
それは父の祝福でもあり、尾形が父から最も望んだものだったはず。
父の「生きろ」という言葉は、杉元には呪いでもある。彼は自らに生きる理由を言い聞かせる。
尾形もまた、なんだかんだいって、しぶとく生き延びる。
二人とも、自ら死を選ぶような人物ではない。
自殺とは、「殺したいほど憎い相手を殺せないときに、相手を自分に投影して自分を殺す行為」なのだという説があって。
とすれば、尾形はそこまで他人に対して強い感情はまずないし、あれば自分で殺す。
杉元も、憎しみから人を殺したりはしない。

やっぱり杉元の母親も描かれない。
まるで、どのキャラも、自分を産んだ親という以上に母親と関わりを持ちたくないかのように。

第237話 水中息止め合戦

ついさっきまで殺し合ってたのが肩組んで、それからまた殺し合いになる、って、めまぐるしく関係性が転換してくって展開が見事!
杉元たちの狙いに気付いた房太郎、心底、残念そう。

平太「これ? 貰ったんです!」
房太郎「誰に貰ったの?」
この2コマは単行本の追加。
え、もしかして、これ割と重要なこと?
北海道アイヌの伝統では人や動物の似姿を刻まない、けど樺太アイヌでは像を造る、んだそうで。*17
だから、この煙草入れは樺太由来で、え、もしかして平太、(樺太アイヌ出身の)ウイルクと、網走以前から接点があったりするの?て思ってたんだけど。
その煙草入れの出所がクローズアップされるようになった、って、余計に気になるじゃん??

房太郎、良いヤツなんだ。
彼は一般社会から追放された。彼と社会の間には大きな断裂がある。
だから彼にとって社会は単なる狩猟場であり、犯罪稼業は悪行ではなく、生活の手段に過ぎない。一般人は狩りの獲物。
そして彼は、自分自身の王国を志向する。自分を拒絶した連中の国に馴染むのではなく、自分の居場所を自分で作り出そうとする。
それは社会への復讐なんて卑屈な行為ではなく、自分の国の再構築、レコンキスタだ。

ゴールデンカムイ』には、この手の人物が少なくない。
子供っぽい無知や無謀ではなく、社会の枠組みを知ったうえで、秩序にそむいてでも自分を貫こうとする。
上官殴って恩給フイにした杉元もだし、とことん権威を嫌う尾形もそう。
山で死ぬために脱獄に参加した二瓶も。
白石も。
岩息も。
そうするだけの意志とチカラを彼らは持ってる。さもなくば、自分を殺して秩序におもねるだけ――鶴見に囚われていた月島のように。
更に、土方や鶴見、ウイルクは、新たな秩序――国を作ろうとする。
うーん、それからすると、アシリパさんやソフィアは、理不尽に迫害された体験を持たないだけに、動機が弱いんだよね……逆に、だからこそ、「国を作る」って権力志向に囚われないのかも知れないが。
あるいは、権力志向ではないのは、彼女らが女性だから、だろうか?

房太郎のようなキャラは、ある意味、典型的なパターンでもある。
私が真先に浮んだのは、高村薫の「李歐」だけど、そういや、「ベルセルク」のグリフィスもそう。
美形、国造りに情熱を燃やすコンクエラーで、時に冷酷なマキャベリスト、って点。
彼らは既存の組織に頼るのではなく、一から自分の王国を樹てようとする。
強固な意志と、一人でも自分を守れる実力と、子分らを従える圧倒的なカリスマと――そのカリスマ性を端的に表現するのが美形ってことなのだろう。
元祖マキャベリストチェーザレ・ボルジアにしても、塩野七生はじめみんな美形にしたがるし?
シェイクスピアによれば「あまりの醜さに親にも疎まれる」リチャード3世ですら、シェイクスピア史劇で一番人気なくらいに、見た目以上に魅力的なのだ。*18
他にもこの手のキャラの物語はいくらでもある。
作品世界に神のような善悪の基準の存在する伝統的な作劇が幅きかせてた昔は、その手のコンクエラーは悲劇的に終わるのがオヤクソクだったけど、今時そんなプラトニックはどうにも時代遅れ。李歐にしてもグリフィスにしても、国を造るとこまでは達成しちゃったしなあ。
まあっ私が好きなのは、どっちかっていうと、彼らのようなコンクエラーより、正反対の尾形のようなアナーキストだけどねっ。
実力で孤高を貫くって点では両者は似てる。

砂金の袋、略して金袋。

房太郎「ひと袋で16貫(60キロ)あったらしい」
これくらいなら、成人男性が一人で担いで運べないこともない。
金の比重19.32として、60kgの体積は3.11L。
だいたいそんな大きさかなあと。

ここも単行本で変わった。
房太郎がイメージしてる革袋が小さくなった。
連載時だと、もっと袋が大きく描かれてて*19、20Lくらいに見えたんだよね。
ひと袋で400kg超えちゃう。どうやって運ぶんだ。

この金袋を置いてある場所……床が張られた建物のようだけど?
木の床はアリエナイ……床が抜けるって;
石か金属の床の張られた建物のようだ。

235話でもそうだけど、手下の死を本気で嘆いたり怒ったりする房太郎……
やはり彼は王を目指す風格がある。

ふたたび、房太郎と杉元のバトル。連載時から大増量。
顔を歪めて苦闘する杉元に比して、房太郎はひたすら美しい。
もぉ笑っちゃうくらいにwww
なんでwww
こうも、ワタクシの嗜好にピンポイントでクリティカルヒットなキャラ描かれるの、先生……
長い黒髪を揺蕩わせて、優雅に水中に舞う。
溺れかけてる顔ですら、文字通り「絵に描いたような」美形に描かれてるのが……って、
車軸に髪が絡まるって、今まで想定したことなかったの!?
ちょっと!
房さん! ぬかりすぎ!
武闘派なのに作中でも一番の長髪って不便じゃんって思うと、ちゃんと技の一部に組み込まれた!(単行本で)
……でもやっぱりロン毛と機械って相性悪いよね。

正直、キレイなにーちゃんが溺れかけて苦悶してる顔に、余計な嗜好がいたく刺激されるじゃないか……!

結局、杉元は房太郎を助ける。
単に、情報を手に入れるとか、刺青人皮剥ぐためではなかろうて。
杉元にも、房太郎に共感できることが少なくなかったはず。それは、2巻で鶴見の誘いにココロ動かされかけたときも同じ。

第238話 好きな人に

前半と後半の落差がスゲエ。*20

バトルもやっと一段落して、房太郎が仲間になった(ここでSE
房太郎みたいな派手なキャラ、そう容易く退場して欲しくないもんね☆

房太郎「でも本当は」
バレバレじゃんwww
杉元、ウソつくの下手。

杉元「事実は無視できない」
だから絶対、ウイルクが暗号を造ったときに、冗長性持たせてるはずなんだって。
いまのとこ、鶴見が14枚で最多だけど、まだ解けないらしい。
18~20枚は必要なのかな? それに、アシリパさんだけが知るキーワード。

チョウザメ美味そう……昔は北海道で獲れたんだなあ……
ヴァシリ、絶対、ウォッカの瓶を持ってそうだけどな。
食事のときどうしてるんだろ。
彼は黄金探しや刺青人皮なんかについては、まったく事情知らないで、ひたすら、尾形に会いたい一心で同行してるんだよね……このメンツ誰もロシア語知らないし、説明出来ないでしょ。

房太郎「よほど大切な人かと思ったぜ」
房太郎「好きな人には自分の好きなものを」

杉元とアシリパさんの密かな相思相愛にさとく気付いて優しく見守るとか、房さん、見た目も中身も、まぢイケメン……

アシリパさんの台詞も単行本での追加。
アシリパさんは自分の恋情に気付いてるのに、必死に否定しようとする。
自分には大義があると。
そういやソフィアも、ウイルクへの恋か、民族運動か、で、大義を選んだ。

なんだかなあ。
杉元は大義もなにもなくって、梅ちゃんへの恋情と、寅次への責任感で黄金探ししてるのに。
鶴見だって妻子への復讐と、部下たちへの大義を両立させてる。それは、鶴見本人と彼の大義と、両方への忠誠を両立させることにした月島と鯉登も同じ。
恋情なんかすっかり枯れてるらしい土方。
谷垣は大義よりも、家族を守ることに決めた。

で、杉元、すっかり調教されてる!?

一方で札幌。
珍しくスーツ姿の菊田と宇佐美が新鮮でカッコイイと思うと。

 :
 :
 :
 :
 :

……『ゴールデンカムイ』、たまに、こういうアタマおかしいエピソードが紛れ込んでくる。
乙女心で恥じらいつつも、『ゴールデンカムイ』のファンとしてはいいぞぉもっとやれーと叫びたく。

射精の瞬間まで描いちゃうし。
カクーンとか、生々しいなオイ。
宇佐美「ひひぃん」
馬……馬に執着しちゃったん……
んー宇佐美、明治28(1895)年に14歳だっけ、数えだとすると、もしかして、1882年生まれの壬午?

いちいちツッコミいれてる菊田さん、中間管理職が苦労するのは、門倉とも共通してる。
変態と変質者ばかりの鶴見隊で貴重な常識人、気苦労絶えなさげ。月島も開き直っちゃったしね?

菊田「お前にそんな特殊能力があったとは…」

宇佐美、自身の行動分析から猟奇犯罪者のモデル作って、現場の入念な観察から演繹的推理で犯人の行動予測してみせる。
この時代に、犯罪心理学だの、高速飛沫分析だの、体液の鑑定だのと、捜査科学を駆使してるの、確かにスゴいんだけど!

イヤなホームズ&ワトソンだな!

その位置からどうやって塀の向こうまで飛んだんだろ?
塀の下をくぐるには、隙間が低すぎないか?
まさか塀の上を飛び越えたのか……?
そんな急角度なのか? かなり上向き?? だとすると若いな。
2日おきってことは、複数の痕跡があって、ニオイで時期を鑑定したのか。

そして怪しい人影。
今後の展開、ますますイヤな予感しかしねえ(ビロウな意味で)
なんでそこでお互い、手を止めない。

せいしをかけたバトル、てか?
かましいわ。

なんだかなー前半の房太郎の爽やかな笑顔と、後半との差。
房さんがなおさら、イケメンに見えてくるじゃないか。

え、これから札幌で、上半身と下半身が合体するんですか?

第239話 発射

エロというかむしろシモかもだけど、今回みたいなエログロナンセンス、ある意味、『ゴールデンカムイ』の真骨頂かもね?

切裂ジャック(Jack the Ripper)、略してJtRったら、猟奇犯罪のレジェンドで、ビクトリア朝ロンドンの時代背景や社会現象への興味もあるし、考察、論文、パロディやパスティーシュなどなど後世への影響は枚挙に暇がなくて、猟奇犯罪者に触れるなら誰もが避けて通れない。*21
様々な殺人者を描いてきた作者氏が、どんな風に、JtRをアレンジするのかと楽しみにしてたんだけど!
期待どおりというか、期待以上というか、助走つけて頭上遥か高く飛んでっちゃったというか。
宇佐美にタメはる変態ってのも新機軸だね☆*22
歴戦の古兵の菊田さんも目が点になっちゃってるじゃないか。

ものすごーく、田中圭一のテイストがする……*23

このバトルシーン、アクションの構図やポーズ、コマ割り、コントラスト、全てがカッコよくて名場面なのに、ネタがアレ。*24

パオパオってナニヨ? どこからそんな音がするの!?*25
JtR、連射してるけど、大容量タンク装備なの!?
馬上のあの位置からピンポイントで命中させられるってすごくね?。
飛距離、命中精度、連射能力、謎の擬音、大容量……なにもかもが超人バトル。

あくまでダンディさを失わない菊田さん。

犯人の顔が描かれてる!?
JtR、菊田・宇佐美とバトルの後に、二人の女性を殺してる、とか……
射精では満足できなくて、そのあとに殺害してるんだ。
彼には射精よりも、殺害のほうが満足度が高いらしい。
Lustmord、快楽殺人者のタイプかー。

しかし。
男同士でBUKKAKEし合ってて、女性はあっさり殺されるだけ、って、ナニコレ。エロの欠片もない猟奇殺人者だな!

野次馬の中に有古見つけちゃった菊田さん。
宇佐美になぜか言わない。
確かに、有古のガタイで隠密行動って無理。
この二人にも、なにか特別な繋がりがありそうな。塹壕で一晩一緒に過ごした仲って以上に。
以前の尾形の台詞からして、有古もまた鶴見に強い忠誠心があったらしいが。
有古の父が「7人のアイヌ殺し」事件の被害者の一人ゆえに、その犯人を突き止めるとかなんとか、言われてたのかも知れない。

これまでの話を総合するに、「7人のアイヌ殺害事件」「音之進拉致監禁事件」「八甲田山遭難事件」って、全て、1902年に起きてるのだけど。
アイヌ殺害事件と音之進事件は鶴見が関わってる、アイヌ殺害事件と八甲田山事件には有古が。
アイヌ殺害事件、のっぺら坊=ウイルクが中心人物で、鶴見が事件捜査にあたったってことになってるけど、もしかして、事件そのものにも鶴見が関わってる、どころか首謀者じゃないかって気がしないでもない。だとしたら菊田も鶴見の部下として関わってるはず。
有古は、八甲田山事件のときに捜索救助隊として参加した、そのときはまだ軍籍になかったので、アイヌ殺害事件が起きた後、鶴見が言葉巧みに誘ったのだろうなあと。

JtRなんてローンウルフの猟奇殺人者より、鶴見のほうが、人員も火力もあるだけに、よっぽど怖いよっ。

第240話 菊田特務曹長

菊田さんがタイトルロール!

初見、こう思ったんですけどね。単行本ではイメージ変わったので、単行本の感想ではこの文は削除しましたん。*26

菊田は面構えからして、素直に鶴見に従ってるようには見えない。 こいつは絶対、腹に一物抱えてる……特大のブツを……

金神193「登別温泉」感想 ゴールデンカムイ - day * day

やっぱりビッグマグナム抱えてたか……

菊田が中央のスパイだとすると、もしかして、尾形も、彼の一味かもね?
月島が言うとおり「中央の飼い猫」かも知れない。
しかし、尾形、鶴見からさっさと離叛してるので、スパイには向いてないよな。

中央の話が今頃になって出てこなくても……
一体、中央はなにやってんのかと思うと。
菊田さん、戦前からずっとスパイだったのか、戦後に尾形ともども転向したのか。
長いこと鶴見に気付かれないのもヘンだし。
造反組との関わりも気になるし。

杉元一行は、茨戸にいる模様。
懐かしい山本さん。

上エ地圭二は、案の定、元ネタ、「キラークラウン」ジョン・ウェイン・ゲイシーであるらしい。(ジョン・ゲイシー - Wikipedia*27
全く違うキャラに仕上げたのが、アレンジ巧いなあと。

杉元、そこ、嬉しそうな顔するんじゃない!

白石も網走にいたのに、上エ地のことも、若山親分や、平太も知らないんだな……
少なくとも脱獄のときは一緒だったのにね。

上エ地の顔の刺青、脱獄後にも追加したようだ。
右眉の「犬」は安芸地方の黥刑のパターン、下顎のはアイヌ紋様、十字形のは東欧の十字……だっけか。
この時代によく各地の紋様知ってるなあと不思議だったけど。

にしても、房太郎、デケえ。

啄木「ジャック・ザ・リッパーの模倣だって」
今回で、ワタシ的に一番、衝撃だったのは、この台詞。
え、この世界、ロンドンのジャック・ザ・リッパーとは別に、札幌にジャック・ザ・リッパーが存在するんだっ?
今まで『ゴールデンカムイ』で出てきた犯罪者、あくまで元ネタの犯罪者と入れ替るように登場してるから、模倣犯って新鮮だ。
というかーそもそもモチーフになった犯罪者たち、みんな、『ゴールデンカムイ』より後の時代なのだ。リアルタイム(1908年)より前の時代の犯罪者って、HHホームズ(家永の元ネタ)、海賊房次郎、稲妻くらいじゃないだろか。(シートンは、この頃、アメリカでボーイスカウトの創設運動やってたが……)

とすると、前回、殺人犯が、菊田・宇佐美とのバトルの後にわざわざ二人殺してるのも納得。
その日に、女性二人を殺すことが重要だった、と。
……のに、事前に、道草食ってるのか……

啄木の分析が冷静で面白い。
クズだけど知的、ってキャラだ。

元祖の1888年ロンドンのジャック・ザ・リッパーについて。
2014年のラッセル・エドワーズ「切り裂きジャック 127年目の真実」が、事件全体を手早くまとめてて有難い。*28
パトリシア・コーンウェルも研究書を書いてるけど*29牽強付会の気がしないでもない。
エドワーズもコーンウェルも、「公式の」5人に加え、その前の傷害事件も含めて、6人としてるのが興味深い。
二人とも、ひたすら突き刺すだけの事件を、犯人の初体験、「お試し」と見て、それから悲惨なメアリ・ケリー事件まで犯行がエスカレートしたとするのは、充分に頷ける。
リッパロロジー界隈では、主流ではないようだが。

「5人」説は、前掲のエドワーズの本によると、

一八八九年にロンドン警視庁の警視長に就任したメルヴィル・マクノートン卿は、(中略)長文の報告書の中で個々の殺人事件について解説し、「ホワイトチャペル殺人犯が殺したのは五人だけだ」と断言した。五人とはメアリー・アン・ニコルズ、アニー・チャップマン、エリザベス・ストライド、キャサリンエドウズとメアリー・ジェーン・ケリーであり、(中略)この覚え書きが一九六〇年代の初期に公表されたことで、今で言うところの「公認の五件」が定着した。

だからそれまでは「5人」は定説ではなかったかも知れない。

啄木は5人説。

札幌の事件を、あくまで模倣犯としたのは、「5人目」メアリ・ケリー事件を避けるためかも知れない。
あれをマンガで描きたくないとしても、納得するけどね。

ロンドンの事件、9月27日に新聞社に届いた、「Dear Boss」で始まって「Jack the Ripper」の署名のある手紙(→Dear Boss letter - Wikipedia)が有名なんだけど。

  • 「Jack the Ripper/ジャック・ザ・リッパー」の名称はこの手紙に由来する。
  • 「Boss」は米語で当時の英国では一般的ではない。その他、文章からしても、米国出身説が根強い。
  • 筆跡が整っていて、書いたのはインテリ階級っぽい。

今ではこの手紙は、新聞記者の捏造って説が有力なんだそうで、
つまり、そもそも、JtRは、"Jack the Ripper"じゃなかった。
少なくとも本人の名乗りではない。
(でも面倒くさいので、ここでは、ジャック・ザ・リッパー/JtRって書くことにする。カナ表記、「リパー」のほうが発音に近いと思うけど、作中で「リッパー」って書かれちゃった)

石川啄木「新聞社にクソ犯人から小包が届いたんですよ」
石川啄木「「ジゴクより」と書かれていました」
の元ネタは、「From Hell」レターと言われるもの。→From Hell letter - Wikipedia
ロンドンの事件でも、人間の腎臓が同封されてたので、本物である可能性が高いけど、実はこの手紙にも、医学生など人間の死体が手に入りやすい人物のイタズラって説もある。当時はもちろんDNA鑑定なんかないので被害者の臓器かは判別できない。

Dear Bossの手紙
f:id:faomao:20200514133027j:plain
と、 From Hellの手紙は、明らかに筆跡も文章も違う。
f:id:faomao:20200514133030j:plain

パトリシア・コーンウェルは、どっちも本物とした上で、彼女イチオシの容疑者ウォルター・シッカートが天才なのでいくつもの筆跡や文体を使い分けた、って力説してるけど、どーなん……
(確かに、わざとらしいまでに違うので、作為的と見えないことも無い)

石川啄木「同時期に同じ地区では娼婦の殺人事件も多発したけど」
ビクトリア朝ロンドンの下町と来たら、「人類史上最悪の暮らし」とまで言われるくらいで。
「犯罪をする才能に恵まれたやつは刑務所に避難してる」だの、「平均して毎日一人は殺されてた」だのと。治安も環境も悪すぎ。
とはいえ、当時の殺人の多くは、強盗殺人や、ケンカ、ギャングが見せしめで娼婦に暴力振るって死なしたり、家庭内殺人といった、貧困や治安の悪さに由来するようなものなので。
やはり、JtRのようなシリアルキラーは珍しい。
(前後の数年間に、JtRの5あるいは6人以外にも、女性の胴体だけが見つかる事件があったりするので、本格的な猟奇殺人者が他に皆無ってわけでもない。ちなみに『スウィニートッド』は都市伝説って言われてる)

「これはまったく新しい形の犯罪だったんです」
19世紀後半のイギリスは、鉄道が発達して、庶民が鉄道で旅をすることが増えたのですね。
で、車中で読むために、大衆向けの印刷物が爆発的に発展した。
娯楽小説や、絵入新聞、雑誌、など。
「イラストレイテッド・ポリス・ニュース」(週刊のタブロイド紙)なんてのが有名。→The Illustrated Police News - Wikipedia*30
ちなみにシャーロック・ホームズのシリーズが掲載されたストランドマガジンも19世紀半ば創刊の月刊誌。
そんな時代で、大衆受けを狙った劇場型犯罪の嚆矢として、JtRが挙げられる。
メディアのほうも、売り上げが最優先だから、あることないこと書き立てる。
「手紙の捏造」なんてのもさもありなん。*31ジャック・ザ・リッパー事件」って、単なる連続殺人事件でなくて、殺人犯(正体もだけど、どの事件を誰がやったの?)・事件報道を盛り上げたマスメディア・犯行を可能にした社会状況(貧困や移民、外国人差別とかね?)、って、いくつもの複合的な要素が重なって歴史的事件になってる。
更に、当時の司法制度だの、司法科学の歴史だの、文献学(当時の捜査資料、文書や調書はほとんど残ってない)だのと、歴史学の要素もあって、すごーく面白い。

石川啄木「独創性のないモノマネ猿たち」
って言ってるけど。
この手のシリアルキラーって、たいてい、自分の独創的すぎるファンタジーに駆られてるから、他人の事件や、既成の宗教をそっくり真似ることはあんまりない。見立て殺人なんて小説の中だけ。*32
ロンドンのJtRが1888年で、作中の「今」は1908年と推定されるので、ほぼ20年経ってることに。
*33

尾形は見なかったことにする。老け顔メイクすると幸次郎ソックリだとか見たくねえよ。
……でも本人、気に入ってる?

その他

謝辞のページ、黒猫と精子……
精子、死んでるもんな。

連載時との違い

コマの拡大などによる変更は省きました。
頁番号はKindle版でのページ。

■ 第232話 家族

  • P5 1頁まるまる追加。
  • P7 最後のコマの谷垣。ぶっとい……
  • P8 二人の会話からほとんどの「…」が消えた。戸惑いではなくハッキリした意志を表明してるってことかな。
  • P19 尾形、繃帯を直す手を追加。
  • P24 飴売りの眼。瞳孔が縦線になってるっ!? ちなみにP34の縦線の瞳孔は連載時のまま。

■ 第233話 飴売り

  • P35 杉元の溜息追加。
  • P40 まるまる追加。杉元、親分の名前憶えてなかった……
  • P41 房太郎とジイさんの会話が詳細に。子分の一人に名前が付いた。
  • P42 権堂が手下たちに命令するコマ、最後のジイさんのコマ。「息子たちが」の台詞は意外と深いかも。今まで黄金に執着するアイヌがいなかったから。
  • P44 「知内川」のルビが「しりうち」に。同じ字を書く「ちない」川は滋賀県

■ 第234話 蒸気船

  • P50 房太郎が髪をいじるポーズに。
  • P51 郵便配達人に名前が。
  • P59 「おお~シライシじゃねえか」の房太郎、微妙に表情がついた。
     最後の船員のコマ追加。
  • P61 1頁追加。
  • P63-65 2頁半ほど追加。房太郎が全体、イケメン度上がったなあ……

■ 第235話 地獄の郵便配達人

  • P72 1コマ目、矢印追加。
    5コマ目、船同士が擦れ違うコマ追加。
  • P73 郵便配達人がいっそう渋くなった……!?
  • P82 子分が死んで房太郎が怒るコマが大きく。
  • P83 怒る房太郎追加。子分も。
  • P84 房太郎の台詞。

■ 第236話 王様

  • P90 1コマ目、微妙に絵が変化。
  • P97 コマが大きくなって台詞の配分に余裕が。
  • P98 杉元「また訳の」コマ追加。杉元が全体的に猜疑心、人間不信を強調されてる。
    1頁分ほどコマと台詞追加。房太郎との対話を通して、杉元の過去が垣間見えるように。
  • P99 房「兄弟も~」の台詞追加。これってシライシのことじゃん。
  • P100 1-3コマ目追加。房「家族全員~」は尾形の話だよコレ。
  • P101 2コマ目、房太郎の身長伸びた。
    杉元の回想のコマ追加。
  • P102 房太郎の子供姿削除。
  • P105 杉元の表情が!
  • P106 1コマ目、「自分が~」の台詞追加。

■ 第237話 水中息止め合戦

  • P111 最後のコマ、すっごく微妙に杉元の表情が変わってる……
    f:id:faomao:20201218201216j:plain
  • P112 房太郎と平太の回想のコマ追加。この煙草入れの出自がもしかして伏線?
  • P114 金袋の描き方。個々がコンパクトに。
  • P120 房太郎が激昂するコマ追加。彼は家臣を大事にする。
  • P121 以下、杉元と房太郎のバトル、4ページほど追加。
    房太郎、水妖っぽい……

■ 第238話 好きな人に

  • P144 房太郎とアシリパさんの会話が大幅に追加。アシリパさんと杉元の背負ってるものの違いときたら……

■ 第239話 発射

  • P157- 宇佐美とJtRのバトル、2頁分くらい追加。
  • P163 JtRの顔。以下、連載時よりJtRの描写が具体的に。
  • P164 JtRの台詞。
  • P169 1コマ目追加。
  • P171 「聖地」と言うときの宇佐美のコマ。なんでかっこつけてるの……しかも風が吹き抜けてくし……
    JtRのちんぽのアザ追加。

■ 第240話 菊田特務曹長

  • P179 JtRの台詞。
  • P182 門倉の芸のコマ追加。
  • P187 啄木の解説、1頁分追加。
  • P192 上エ地の顔の彫物が変更。「犬」は既にこのときにある。

本誌連載時の記事。

*1:ゴールデンカムイ 24/野田 サトル | 集英社の本 公式

*2:

*3:今頃になってフィーナの指が切られてるのに気づいた→
f:id:faomao:20200312185838j:plain

*4:尾形はそもそも意識の境界がごく狭くて自分の肉体よりも内側にあるんじゃないかって気もするから、同胞愛なんか歯牙にも掛けないんだろな。他人を殺すのも平気だけど自分が傷付くのも厭わない。「ブッ壊れるまで」彼は止められない。

*5:というかー三白眼でロンゲってちょっと昔の少女漫画の美形キャラの典型なんだよね

*6:そういやあ、「男性の乳首は痕跡器官ではなく、海賊が気温や風向きをはかるのに必要だったから存在する。」って説があったなあ。FSMの教義に……→空飛ぶスパゲッティ・モンスター教 - Wikipedia

*7:たぶんモデルはジュード・ロウ

*8:しかし、船の機関に髪が絡まないかとちょい不安になる。

*9:野沢那智がよく吹替えやってた。

*10:
f:id:faomao:20200402120528j:plain

*11:困ったときだけ神の名を唱えて救いや祝福を求めるなって意味。

*12:
f:id:faomao:20200402123212j:plain

*13:ファンブックで「03年」になってるけど、これってマジに~? そもそもファンブック、八甲田山事件も03年(史実では02年)てなってるからイマイチ信用してないんだけど。

*14:この和風旅館おそらく専門の連れ込み宿に行って姫にバレたから、次は、家永の世界ホテルに泊まったんだね、親分。

*15:リベラルナショナリズムってやつかなー

*16:この言葉は、正反対の二つの意味に取れるように思う。私は、「人間到る処青山あり」と同じような意味に解釈したいのだけど。

*17:ニポポ人形樺太アイヌ由来。木彫りの熊はもっと新しい民芸品。

*18:個人的にはイアン・マッケランの現代版の映画「リチャード3世」が好き。

*19:f:id:faomao:20201218164020j:plain

*20:上半身から下腹部へ、という感じで。

*21:牧逸馬も昭和初期にすでに取り上げてるしね?→牧逸馬 女肉を料理する男

*22:いや、シリアルキラーって時点で、変質者なんだけどさ。

*23:


気がつくと田中氏本人にRTされてら。

ドクター秩父山 (ぶんか社コミックス)

ドクター秩父山 (ぶんか社コミックス)

  • 作者:田中 圭一
  • 発売日: 2005/10/31
  • メディア: コミック

*24:本家のJtR事件、当時の容疑者たちについて、「精神異常」って記述がよくある。これは「性的異常者」も含まれて、当時では、同性愛者や、過度の自慰行為もその類……パオパオ……

*25:Twitterで、「ジョジョの奇妙な冒険」のツェペリが元ネタではないかって説をいただきましたん。
f:id:faomao:20200501000558j:plain
そういやこれ、岩息の「パウッ」もそうかな?

*26:金神20巻の感想 ゴールデンカムイ - day * day

*27:ゲイシー、ムショで描いたピエロの絵を売りまくってて、さすが商売上手だよなあ。前に、銀座でやってたシリアルキラー展で見たけど、……ゲイシーの絵ってことでしか見るべき点はないんだよな; アメリカでこの手の犯罪者アートのビジネスは大きな市場のようだ。まあだからこそ日本にまで巡回興行して、ワタクシのような好事家が見に行くわけだけど。

*28:

切り裂きジャック 127年目の真実

切り裂きジャック 127年目の真実

*29:

切り裂きジャック

切り裂きジャック

*30:JtRのイラスト。
f:id:faomao:20200514144801p:plain
他にもこんな感じの記事が→Category:The Illustrated Police News - Wikimedia Commons

*31:ゴールデンカムイ』だと、石川啄木が真先にやりそうじゃね?

*32:ヒトラーの信奉者は多い。厨二的憧れなのか、心底ナチズムに傾倒してるのかはわからないが。あと、スプリーキラーにはサリンジャーライ麦畑で捕まえて」も人気。

*33:だいぶ前、私が唯一出した個人誌が、ジャック・ザ・リッパーを元ネタの一つにしてたりするので、JTRには強い思い入れがある。だから舞台はビクトリア朝倫敦がモデル……のはずなんだけどそこはアレ。(→『FANG DOLL』
……と思ったら、野田先生も、ファンブックで、「切り裂きジャックに思い入れが」とか書いてて、つい、「ナカーマ」とか思ってしまったよ。
f:id:faomao:20201218185907j:plain