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日々是々

金神11巻の感想 上(101~104話) #ゴールデンカムイ

独断と趣味で、今巻通しての主役は、尾形百之助

表紙のアシリパさん、彼女がこんな戦闘モードって珍しい。
熊狩のときかな。

紙本限定の本体表紙の衣装図鑑は、アットゥシ。

目次

長くなるんで上下に分けました。
後半は金神11巻の感想 下 (105~110話) - day * day

第101話「鯉登少尉叱られる」

前回から引き続き、杉元、アシパさん、白石、尾形の4人組の逃避行。
この4人、成り行きで組んでるだけだけど、
1巻で登場したレギュラーの全て、肉体・倫理・合理性・衝動ってフロイトチックな四要素、臆病な杉元・心のない尾形・オバカな白石にアシパさんってなんだかオズの魔法使いっぽい、すごーく象徴的なグループだと思うんですけどね。決して、互いに信頼関係があるわけでもない、会話少なそうなんだけど。

寝込みをヒグマに襲われて慌てる一行。
P5、奥に寝てるのは尾形っすね。
白石のボケに、慌てて逃げてくヒグマ達……なんか元ネタありそうな。

杉元は何事もなかったかのようにケガ治ってるのが不死身すぎるw
尾形が油断すると猫になるのも、このへんから顕著になっていく。

刺青人皮の一覧にいろいろ人間関係伺えて面白い。
杉元は手持ちの分のコピーは土方に渡してないし、土方達も自分達の刺青の複製は杉元に渡してない。お互いに心底信用して手を組む気はないようだ。
白石の刺青は、皆、コピー持ってるのだな。

この登場人物勢揃いのコマ、みな見得切っててカッコイイ。コントラスト強め、攻めの表情、さらに背景からライトが当たって夜のネオン街の雰囲気になってるし、で、なんだか、ギャング物のポスターみたいだ。
なぜか、尾形だけ、連載時とかなり書き換えられてるのが気になる(笑)*1

そして小樽の鶴見隊。
ここで、ミンミンゼミ鳴いてるのにちょっと驚いた。
北海道で鳴き始めるの、6月下旬だそうで、いつのまにかそんな季節になってるのだね。
なのに火鉢がまだ要るくらいには冷えるんだなあ。

鯉登少尉キタ――――

ぎりぎり日露戦争に従軍してないそうだから、彼は陸士16期卒ってことに。 鯉登が永田鉄山と同い年の1884年生れだとしたら、金神のリアルタイムと思わしき1906年あたりに22、3歳てことに。

197話「ボンボン」からすると、彼はどうやら1886年生れらしい。ってことは17期か18期。
杉元とアシリパさんの出会ったのが1907年とされてるから、このとき21歳ですよ……

素直でまっすぐでいいやねー。きっと直に人を殺したのも鈴川が初めてとかいいそう。
クソコラ作って頬染めてるとか、鶴見に対してはテンパって標準語で喋れないとか、可愛いじゃないか……!
鶴見に弄ばれて悶える鯉登……彼のような者を武士の伝統的に硬派*2の男というのだよ。薩摩といえば硬派の本場だし?

月島軍曹一気に老け込んだ気がする。鶴見だけでも気苦労多いだろうに鯉登の世話まで見させられるのか……

連載時と比べて、月島の表情が変わってる。
連載時は、箱入りの若造を生暖かく見つめる眼差しだったのが、単行本だと、青ざめてる。若造の無知さに恐怖してるというか、距離が開いた感じだ。
あの戦場の地獄を経験しないで済んだのに何言ってんだコイツ、というか。
更には、こいつがいずれ陸大経て陸軍で出世することを怖れたのか。
鯉登少尉、日露戦争の実戦を経験してない最初の世代で、ここから下が、30年後に昭和陸軍の幹部になる。
鶴見のことしか見えてなくて戦争を望むようなアホの子が戦時の指導者って、コワイわ。

鶴見が花を背負って登場なんていつの少女漫画ですかってツッコミかけたけどこれケシだよ。
赤く咲くのはケシの花。白く咲くのは薔薇の花。
鶴見自身が麻薬なのだ。心に棘の刺さってる者にとって痛みを癒しはするけど依存せずにいられなくなる。鯉登はなにが悲しゅうて鶴見の沼にハマったんだろなー。
よそ見してたら泣きを見るよ。
このケシ背負ってる絵って鯉登の目線なのよね? 鯉登は気付いてるのか、鶴見の毒性に。*3

作者、男の(ダメなほうの)可愛らしさを描くのが巧いよなあ。

鶴見隊のキャラ一覧。
みんな銃構えてて、バイオレンス~な感じでカッコイイやね。
これも連載時から全面描き換え。

鈴川もとうとう鞣されてシャツに。
てさあ、なんでわざわざシャツのカタチに仕立てるのだ。
鶴見隊以外の皮までシャツのアイコンに。
鯉登少尉が悶々としながら鈴川の皮を剥いで鞣してチクチクと縫ってる図を想像すると、なんかこー、フツフツとドス黒い萌え心が沸いてくるよ……鯉登がってとこがポイントだ。彼は絶対に自分の手でやったはず。きっとこれ着て鶴見に見せるとこ妄想しながら作業したんだろなー、鶴見がなんて言ってくれるかな、誉めてくれるかな、とか想像してついついニヤけたりしたんだろなー、幸せそうだよなー

ちなみに、ここでの鯉登の台詞は、

鯉登「すんもはん!!! おいがとぼれんかったで、白石をひっにがしてしまいもした。じゃっどん刺青だけは事前に写しちょいもした。じゃっちゅうてん許さるいわけじゃあいもはんどん
(申し訳ございません!!! 私が不甲斐ないばかりに、白石を逃がしてしましました。しかし、刺青だけは 事前に写しておきました。だからといって許されるわけではございませんが。)」※アニメvol.5 ライナーより

第102話「稲妻強盗と蝮のお銀」

谷垣一家。
フチが心配に。
「子孫に祀って貰わないとあの世に行けない」って、儒教も同じだよなあ。

ここでふと、インカラマッが、アイヌの村へ子供を捨てに行くほどですから」って。
……「行く」んだ。「来る」でなくて。

ところでチカパシ、いつヒモなんて言葉覚えた!

14番目の刺青の男、坂本。
おお、この漫画始まって以来、初の男女のラブシーンですよ?

ボニー&クライドとか『ドーベルマン』とか、アベックのギャングの物語って大好きだ。
世間や正義に背こうと、彼らには彼らの流儀と愛を騙る共依存がある、二人ならばどこまでも行ける……(まあ現実は大抵途中でどっちかが我に返って裏切るんだけどな)
どう考えても悲劇的な結末しか待ってないので彼らがどこまで足掻き続けるか一世一代の大演目。
救いようのない大馬鹿者共の冥途の旅路に期待が高まるわよ。

第103話「あんこう鍋」

まずは中心の、尾形の回想について。

以下、長々と語っちゃうので、私の妄想に興味のない人は、飛ばして。

ヤングジャンプの女性読者を倍増させ、尾形ファンを激増させたに違いない。
特に女性に人気高そうな尾形だけど、彼の過去話は、男性にもぐっさり刺さるんじゃないかなー?

連載からかなりコマが追加されててビックリ。今回の増ページは全てこの回に集中してる。元が9頁のシーケンスだったのが15頁になってる。
ともかく、いろいろ謎だった点が明確になって、ようやく腑に落ちた。
というか、気味の悪いくらいに、疑問にきっちり答えられてしまった。

連載時にも感想は何度も書いてしまったのでそっちを参照して。
* 第103話「あんこう鍋」
* 山猫少年H。
* 金神も画面に花道があるのだなあと気付いた話。

これ、掲載された本誌は、2017年1月12日に発売された号なわけですよ。新年1回目の連載からいきなりこんな話を食らったのである。
そのまま単行本に収録されるとは思えなかったから、どういう風に修正されるか、怖くもあり楽しみでもあった。
どう解釈していいのかかなり迷いに迷って、上記の記事も何回も書き直した。
7ヶ月も経ってから答え合わせ。
多くの読者は単行本で初めて読むことになるけど、本誌連載追っかけてると、半年以上も悶々とさせられた挙げ句に、「え、今さらこんなこと言われてもっ!?」って戸惑う。
どんな顔したらいいのか、わからないの……
ここからまた考え込むことに。

そんなわけで7ヶ月間の逡巡に単行本での衝撃を加えて、ワタシなりの解釈を。

端的に言うなら、 愛と希望の物語なんだ。
けっして悲劇ではない。

コマが増えて、物語がより感傷的・叙情的になった。
尾形の回想は3つの時間に分かれてる。
A・軍隊時代のある一夜。
B・少年時代。
C・花沢少尉とのドラマ。

シーケンスはAパートから始まる。
なにかを見つめる尾形。
夜の座敷で静かに語り始める。この時点では、語っている「今」は何時・何処かは明かされない。彼の髪型からして軍隊時代なのはわかるし、枠外がハーフトーンで示されてるので、中間の時間ということがわかるけども。
静かに語っているのだけど、少し違和感が。畳に散ってる汚れはなに?

尾形は、座敷の床の間を前に横たえられたなにかを前にしている。

座敷に掲げられている扁額は「皇国興廃在此一戦」て東郷平八郎の書。*4

それから枠外が黒くなり、Bパートの昔語りになる。
あんこう鍋。これって漫画の題材としては珍しい。
いかにも茨城っぽい(千葉にもあるよー)。えー当時、現地だと庶民的だったのかよ……羨ましすぎる……
よく見ると、椎茸が入ってない! 百之助少年が椎茸キライなのを、お母さん、ちゃんと考慮してるんだ? それとも花沢中将が椎茸を嫌いだったのかな?

ここで一コマだけAパートに戻ると、彼の指がなにかで汚れているのが見える。
その前のページでも頬に汚れが付いてる、Aパート最初のコマではこの汚れがないから、股火鉢してるコマで頬を触ったことにより指の汚れが移ったことがわかる。
つまりこれはまだ濡れている。
不穏な空気がわだかまる。

Bパートで尾形の母。『ゴールデンカムイ』って物語全体、母親の存在が希薄なんだけど(メインキャラのほとんど、母親亡くしてる)、ここで尾形の母が朧に描かれる。
しかし彼女も重大な問題を抱えていて。

少年百之助。少年時代からこの顔。
ブラックホールみたいな目して淡々と鳥を撃つ。
しかし報われない獲物。

前のページで母親が、秋草柄の着物を着てる。
今度は紅葉柄。
服装や家の様子からして、貧しい農家ってわけでもないようだ。

また1コマだけAパート。
今度は尾形が血濡れた刃物を持っている。
ますます不穏な空気が。

Bパートで明かされる、母親の死。
末期の母と介抱する祖父母に背を向けて、百之助少年は静かに座ったまま。
彼は、母の殺害を偽装したり、罪を逃れようとは考えてないのだね。*5
かといって自分も死のうとはしなかった。

母殺しの動機を語る。
これって、Bパート当時の百之助少年ではなく、Aパートの尾形が語ってるのだ。
だから、果たして、これがホントに百之助少年の真意なのかどうか?
後段わかるように、父親の愛情を求めて已まなかったのは尾形自身も同様。
自身が葬式で父親に会いたかったって理由も少なくないんじゃ?
いや、彼自身は偽装工作していないから、その時点では自分はどうなってもいいと考えていたのだとしたら、やっぱり、母のことを思って、という理由かも。
とにかく、彼は、「人を殺したくない」という本能がないから、母のために母を殺す、って手段を選んでしまうのだな……

そしてAパート。
「でも」といったんタメを置いて、次のページ1面使って、瀕死の男が描かれる。
尾形「あなたは」という台詞からして、今まで何度も話題に上った、彼の父親、第七師団長 花沢幸次郎 陸軍中将だと知れる。
拘束衣に脚も縛られ、腹を割かれて瀕死だけど、まだ辛うじて言葉を喋る余裕はある。
花沢中将、眉や目が尾形ソックリで笑えるくらいだ。

中将の抗弁。
花沢中将、元ネタが、史実で日露戦争当時の第七師団長の大迫尚敏だとすれば、薩摩の武士の出で初陣が薩英戦争ってくらいの叩き上げの武人だ。
今、荊軻として対峙してる息子に対して、冷静に会話しようとしてるあたり、さすがに豪胆だ。

Aパートで、「あなたはこなかった」の台詞から後、尾形はずっと視線を父親に向けてる。
なのに、尾形と花沢の会話が微妙に噛み合ってない。
花沢は、尾形が荊軻になった理由を問おうとしてる。
花沢「自分たちを捨てた恨みとでも」
わざわざ問いかけてるところから、ハッキリとした理由はわからない模様。

「子供は 親を選べません」から始まる、長広舌は連載時そのまま。
これが変更なかったのがちょっと意外に感じたのは確か。
抽象的だし、これ、父親に向けて言ってないよね?

尾形「愛という言葉は神と同じくらい存在があやふやなものですが」
彼は愛も神も実感できない。それを自覚してるけど、なぜ自分には実感できないのかを不思議がってる。
両親に愛がなかったせいだと仮定する。
とすると、彼は幼少時に酷い虐待を受けたりといった決定的な体験をしたわけではないようだ(それだったら自分の心の有り様に不思議がるはずがない)。
つまり彼のあの性格は生来の部分が大きいってこと。

尾形が語ってるのは――結局は、父親への愛なんだよなあ。

そして花沢少尉の話題に。
連載時には書かれてなかった花沢少尉の下の名前が明らかに。
勇作《ユウサク》だとぉ?

Cパート、花沢少尉の思い出が入る。これは完全に単行本で追加されたエピソード。
花沢少尉については「高潔」としか書かれてなかったんだけども。
部下である尾形を「兄様」と呼んで慕ってまとわりつく、天然物のお坊ちゃま……!
通りすがりの月島と前山も戸惑ってるじゃないか。

弟君の人柄について、概ね想像したとおりでちょっと笑った。
やっぱり花沢少尉ってそういう人間だよなあ。もし花沢少尉がイヤな人物だったら、尾形は殺そうとしなかった、あるいは別の動機で殺してたろうし。
そも聯隊旗手拝命するくらいだから、好人物なのは確か。

弟君の笑顔に、一瞬、目を細めて、次のコマで怖い顔になる尾形。

Aパートに戻って弟君の死の真相が明かされる。
Cパート203高地のコマ、ここで弟君が聯隊旗手だとわかる。
聯隊旗手ってのがまた特殊な役職で。新任の少尉の中から選ばれるエリートだそうで。
帽子で隠されてるけどギリギリ縁から見える勇作君、睫毛の長い二枚目と示唆されてるように思えるのだけど?
眉目秀麗、品行方正、長身で明朗快活……ついでに、悪所通いしない、童貞ってのも要件らしいぞぉ。(→軍旗 - Wikipedia
まあ師団長閣下の子息だから選ばれたのかもだが。

瀕死の父親に向かって、動機を語る。
母の愛を求めて鳥を撃ち続けた彼は――

この、弟殺しの動機が、連載時はハッキリしなかったけど、ここで彼の口から明らかにされてる。
弟への妬みでも、父親への憎しみでもなく。

――父の愛を求めて弟を撃った。

これって、旧約聖書のカインの物語だよね。
父はしばし神の暗喩だ。
弟殺しってことでまずカインを連想したんだけど、それが明確になった気が。
カインは、神が弟のアベルだけに祝福を与えたので、弟を殺す。
弟への憎しみや妬みから殺したわけじゃなくて。
カインも神の祝福を欲したのに、弟にだけ与えたことへの報復、というか。
殺人、それも同朋殺しって大罪を犯して、神を裏切り――自分の中の神を殺した。

この段、連載時(第103話「あんこう鍋」の感想)に、

自分には与えられなかった父母からの愛、良い人格などを、父親から与えられた異母弟に嫉妬したのか。
苦しみを与えていないところからして、実は花沢少尉にはさして関心なかったのかも?
本命はあくまで父親で、彼を苦しめる一環に過ぎないのか。

って書いたんだけど、まんま単行本の加筆分で、
尾形「少尉殿に対する妬みからじゃありません 父上を苦しませたい…というのともちょっと違う」
と書かれてしまった。
作者氏は、そう取られることを気になされたらしい。

「自分にも」っていいつつ、妬みではないという。
妬みは完全に否定するけど、父を苦しませたい気持ちがすこーしはあるんだ?
弟に成り代わりたかった、んではなくって、嫡子を亡くした父が寂しがって自分のほうを見てくれるんじゃないか、ってことだよね。
好きな子の持ち物隠す、みたいな。
かまってちゃんだ。

弟のこと、「勇作さん」って言ってる。
生前、ある程度は親しかったのか。
だからといって殺さない理由にならないのが、尾形の尾形たる所以。
というか、尾形のこと肯定してくれる弟君ですら殺しちゃうんだから。
(彼は、「殺したい」から殺すってより、「殺したくない感情がない」んだよな。快楽殺人者なわけじゃなくて、単に、殺人へのタブーがない、良心の呵責を覚えないだけ。それは、仁愛の感情や、痛みの共感力がないからだろうし、そういうのを、冷血っていうんじゃね?)

彼はあくまで父親だけを見てる。
もし弟君の死後、花沢中将が尾形を息子と認めて花沢の籍に入れたりしようとしたのなら*6、百之助君はまた別の手段で父を愛そうとしたのかな。

この父親を見下ろす絵も単行本での加筆分で、ちょっと驚いた。
師団長閣下である将軍も、ここではただの屠畜だ。

「祝福された道が」という。
父親からの愛、それは神の祝福の寓意でもある。
あなたの道の行く先を常に光が照らしますように、と、人は愛する者のために祈る。
だけど、このコマで、彼は光源に背を向けてる。

1コマだけのBパートは、少年の日の夕暮れ。
彼は沈み逝く太陽から眼を逸らして北天を見上げてる。
真正面から自分を照らす光から目を背けて、手には銃と仕留めたばかりの獲物。
しかしその獲物が報われることはない。彼が仕留めたもの全てと同じに。
彼は卓越した戦士であり殺し屋なのだけど、それが報われることは少ない。母のために殺した鳥達も、父に会いたくて殺した母も、父に愛されたくて殺した弟も。満州の地でたくさんの敵を殺したのだろうけども、結局、それも報われてない。
報いを求めること自体が束縛であるのなら、彼はようやくそれからも逃れることができた。

彼は父親の愛を得るために、母も弟も父親までも殺した。
ずっと言ってるわけですよ。
「あなたに会いたくて母を殺した」「あなたに愛されたくて弟を殺した」「だから・それでも・あなたは俺を愛してくれますか?」と。

55頁、「ところで」の次の、短刀をぶら下げてるコマ。
両脚の間、体液の滴る切っ先って、あからさまに事後の性器じゃないのさ。しかもその下には父親の顔がある。
愛を求めてるのに、自分からの愛の表現が苦しみを与えて殺すことだなんて、厄介な性格だ。
愛情を確かめるために相手を傷つける、「好きな子をイジめる」タイプだ、こいつはっ。

Aパートの流れよく見ると、彼、父親の血を自分の顔に塗りたくってるんだ……
緊張をほぐしたくて顔を弄ってるのかも知れないが、エロい。
……もしかしてこれ、父も、切れば血の出る只の人間に過ぎないって確認してる?

しかし花沢中将は、いくら勇猛な武人とはいえ、殺すことが愛の表現だなんて考えるべくもない「まともな」人なので、そんな息子を愛せるわけがない。
父親の最期の言葉は、呪いだ。

これもカインの物語っぽくて。
カインは弟を殺した後、共同体を追放されて、何も実らせられず同時に何者にも傷つけられない呪いを受ける。

だから尾形も、何度も死にかけてるわりに助かってるし、ジタバタしてる割には報いも少ないし。茨戸の刺青人皮も土方に渡しちゃってるし。

「貴様の言うとおり 何かが欠けた人間」って父親にも納得されちゃった。

尾形に欠けてるのは、本能的な良心、倫理観とか、魂とか、人らしい心なのだろう。
しかも本人ソレ自覚してるんだ。
彼が生まれついての冷血漢なのか、それとも生育環境によるのかハッキリしないのだけど。
生来・環境、半々なのかなあという気もしてきた。(グロスマンのいう*7)生まれついての戦士、理由や躊躇や後悔もなく人を殺せる人間なのは確かだけども、両親から愛を与えられていたなら、もうちょっと違った性格になっていたかもね。
かといって、過度に虐待されたり、全く愛されることを知らずに育ったわけでもなくて(本人、婆ちゃん子って言ってるので、祖父母は平凡に愛してくれたようだ)。
冷血でエゴイストでサディストではあるけども。
「こんな自分でも祝福を受けられますか?」「この世にいていいのですか?」と彼は問う。
父を通して、もっと高次の存在に向かって問いかけてる。

そして父親の最期の言葉。
「呪われろ」
それを受けて尾形の、醜い笑顔。彼がここまで醜く描かれるのも初めてだ。
いつものブラックホールのような瞳が揺るいで、感情が噴き出しかけている。
達成感と諦観がない交ぜになったような。

父の呪いこそが、尾形には救いであり、解放なのか、と思い至った。
わざわざ弟の死の真相を明かしてるんだ。
父というのが、偉大な存在なんかではなく、こんな自分を受け入れることも出来ない、卑小な存在であると確認したかった、自分の中の父への思慕を殺した。
だからもし、父が最期に「愛する」とか「許す」とか言ったとしたら、彼はずっと父親の存在に束縛され、失った父の代わりに鶴見の傀儡になったかも知れない。

彼は少々エキセントリックな性格故に幼い頃から周囲との軋轢を生み、生き辛さを感じていたのかも。それが、父(≒神)に愛されない・祝福を受けない、この世に存在を許されないのではないかという不安になって、母や父の愛を得ようと必死になってた。しかし父殺しの通過儀礼を経て、真の自由に「巣立」(→6巻の台詞。)った。
百之助少年もまた沈み逝く陽から目を背けて北天を見上げてる。*8
父に呪われることによって、自分の中の父≒神を殺して、囚われてた自分を解放した。
ここにすごく大きな価値観の転換がある。*9
「祝福された道」といいつつ光に背を向けてる。祝福、投げかけられる光を求めるのではなく、闇の中で孤高に生きることを選んだ。
要は、開き直っちゃった。

けど彼は、徹底した合理主義者ゆえに、自分の目標を持てずに、導き手を必要とする。*10
百之助少年の最後のコマ、方角と仰角からして、彼は北極星を見つめているようだ。*11
自分を包み――庇護し――束縛する――ボスではなく、自分の行く手を指し示してくれる導き手。*12
彼が求めてるのは太陽の光ではなく、北天の極星であるらしい。

父の死を偽装した後、彼は、花道を通る千両役者のごとく退場する(→ 金神も画面に花道があるのだなあと気付いた話。

楽屋裏で待ち受けてるのは、 鶴見中尉
貴様か黒幕はwww
このページ初見でつい笑っちまった。良いわあ、こういう真っ黒な関係。

疾走する馬車の中での密会。61ページ右の二人の顔が並んでるコマは単行本で追加。
陰謀 conspiracy の語源は「共に con-」「息をする spirate」。互いの息の聞こえるくらいの距離で密談をする情景。
膝をなでるなんてエロい身体的接触による懐柔策もいかにも鶴見らしい*13。パーソナルスペースを侵されることによって相手と特別な絆を感じてしまうのだ、通常は。
しかし尾形は感情の爆発や高揚もなく、重大な秘密を共有する陰謀仲間の鶴見にすら心を開かない。
同床異夢ってやつだ。

尾形はそもそも父親からの愛を得る、あるいは殺すことが目的であって、鶴見の陰謀なんかどうでもよかったのだね。

鶴見を「たらし」と評する、この言い回しについ苦笑。やっぱそうだよねー。
、「言で狂わす」と書いて「たらし」と読む。
将軍の弑逆なんて確実に銃殺刑になる大罪、一般の刑法でも当時は尊属殺の規定があるのでほぼ死刑なわけで。
恐らく鶴見は、尾形が大罪を犯した不安や興奮に昂ぶってると読んだんじゃないかな? 苛酷な任務から帰還した部下を華麗な言葉でねぎらうことで誑しこめると思ったろうが、彼の冷血さを見誤ってたようだ。
尾形にとっては父親を刺した瞬間こそが絶頂であって、既に賢者モード通り越してすっかり醒めてるし、感傷的な言葉に感応する心がないから、言葉の魔力が効かないのだ。実の父には呪いの言葉を言わしめ、上官の大仰な巧言は「たらし」と切り捨てる。
鶴見はきっと、尾形を便利な殺し屋として使うつもりだったんだろうけども、結局、逃げられた。

ところで未だに解決されない疑問の1つ。
このAパート、いつの話なんだろう?
風景に雪がないんだよね。だから、金神リアルタイムが1906年3月以降とすると、05年の秋ってことに。
第七師団が旭川に帰還したのは06年3月だそうだけど、それは全員の帰還が完了したってことで、彼らはもっと早く戻ってたのかな?
鶴見が頭に砲弾食らったのが05年3月、治療とリハビリに数ヶ月かかったとして(フィニアスゲージの事例、数ヶ月くらいで退院してるんだよなあ)、05年9月に終戦、10月に東京の凱旋パレードで、この頃には鶴見は復帰してたかも。
それからすると、Aパート、05年10~11月あたりなのかなあと。

『少女世界』の話題や、杉元の除隊時期からして、リアルタイムは07年春以降ではないかって説も。ナルホド。

Aパートの会話から、花沢勇作少尉、尾形と1才くらいの年の差らしい。
花沢少尉の元ネタの大迫三次(大迫尚敏の息子)は陸士14期卒で1881年前後の生まれぽいから、尾形は80~81年生ってことに。

尾形の回想場面の前の、鶴見の台詞が老獪だ。
鶴見「花沢中将の自刃は」って。全てを知っててこの台詞。

鯉登、父親の話題が出ると背筋ピンと伸ばして正座する、彼は素直に御父君を敬愛する純粋培養なお坊ちゃまなんだなあと。
父親が海軍少将なのになんで彼は陸軍に入ったんだろうとちょっと不思議に思ったら、その答えは後々124話にて……*14

史実で、第七師団最後の師団長の名前が鯉登というらしい。*15
もしかすると鯉登少尉もいずれ陸軍大学校に進んで出世コース歩んで第七師団長になるのかもね。

それ以前に、鶴見の側を離れたくないとか言い出しそうで。
鶴見を見つめてとろーんとかなんて表情してるのよ……
かと思うと畳を掻きむしったり、やることなすこといちいちカワイイ。

とにもかくにも、この回は衝撃すぎた。
この回以降、ワタシにとって『ゴールデンカムイ』という物語は尾形の末期を見届ける漫画になった……(といえるかも知れない
元から一番に好きなキャラではある。こーゆー、一言でいうなら「冷血」なキャラって昔っから大好きなのだ。
このところ、彼が真面目な頼もしい軍人みたいに振る舞ってたので油断してたけど、やはり、彼の冷血ぶりはヌルくなかった。

連載時との違いについて。

  • 弟君の名前が明らかに!
  • 尾形の回想シーンの最初のコマ、連載時は尾形が薄笑いしてた。
    f:id:faomao:20170818115005j:plainヤングジャンプvol.1808)
  • 鳥を撃つコマがいくつか追加。
  • 母が死ぬコマの追加。
  • 連載時、母の葬儀からすぐ次のページに移ったのを、タメのコマが追加。
  • 花沢少尉とのやり取りが追加。
  • しゃがんで父を見下ろすページ。
  • 百之助少年が夕暮れに北天を見上げるコマ。
  • 花沢中将の最期の言葉。連載時は尾形のことを「冷血」て言ってたけど、もっとハッキリ「呪われろ」て言ってる。
  • 花沢中将の台詞から「冷血」って言葉が消えた。「父に愛されたかった」のなら、それは冷血とは言い難いってことなのかな。冷血と評するんじゃなくて、もっと能動的に呪いを言わしめた、とも取れるかな。
    f:id:faomao:20170818115415j:plainヤングジャンプvol.1808)
  • 父親の呪いを受けて尾形の歪んだ笑顔。
  • 疾走する馬車の中、鶴見と尾形が揃って左を向いてるコマが追加。
  • 馬車の中の最後のコマ、尾形の笑みが薄れてる。
    f:id:faomao:20180103235155j:plainゴールデンカムイ11、ヤングジャンプvol.1808)
  • 連載時の扉に
    f:id:faomao:20170818191332j:plainヤングジャンプvol.1808)
    ピクミン愛の歌」w 今回のテーマは愛だったようだ。

第104話「恐怖の猛毒大死闘!北海道奥地に巨大蛇は存在した!」

茨戸のチンピラ君たち、元気だったようで。ちゃんと名前が出てきたよ。
まだ日泥の法被着てるんだ……さすがに、土方組、とかは名乗れないし?
「ヒジカタさんに認められないと」死亡フラグ

月島、ヤクザのスタイルが似合ってる(笑)
おひけぇなすって、とか言っても違和感ないぞ。
もしかして彼は軍に入る前はその筋だったりするのか……?

お銀も坂本もイイキャラだよな。
明るくて物騒な。
ヤッてもヤラなくてもキレる坂本(笑)
悪党を前につい見栄を張る夏太郎達。この辺がやっぱ小物っぽい。

茨戸の抗争が噂になってるっていうなら、尾形と土方の動向、鶴見にはもう知れてるはずだよな。
それが、尾形がなぜか杉元と組んでるのが、鶴見には不思議だろう。杉元と尾形の最初の衝突は知ってるんだし。

杉元一行。
白石の頭を噛まれるのはオヤクソク。
そういやアシパさん、蛇嫌い、つーてたっけ。
北海道にもマムシいるんだねえ。なんか意外だ。
杉元「めったに死なねぇってよ」……まあ死ななけりゃいいのか。
尾形、冷静だ(笑) なに真顔で言ってるんだ。

今回の扉……「杉元佐一探検隊シリーズ」て。
……もしかして、藤岡弘、探検隊が元ネタだと思ってる人少なくなかったりする?
その前に川口浩探検隊ってあったんだよね……*16
♪すると突然頭の上から 怖いヘビが襲ってくるー*17

金神11巻の感想 下 (105~110話) - day * dayに続く。

連載当時に書いた分。

この記事は以下の分をもとに書きました。

*1:

*2:男が女を口説くのを軟派といい、男同士の恋を硬派といったのだ、伝統的には。

*3:いやこれ月島目線なのかも。彼は鶴見の陰謀を知ったとしても面従腹背で付いていきそう。どこかでキレるまで。

*4:この書がカットの元ネタっぽい→『薩摩の海将・陸将-日露戦争から100年』 « 鹿児島県立図書館(本館)

*5:彼はナルシシストではないので保身を考えないようだ。

*6:花沢中将のモデルが大迫尚敏だとすると、大迫は日清戦争のあたりで授爵されて男爵に、日露戦争の功績で子爵になってるのだ。もしかすると百之助が花沢子爵になってたルートもあったのかもね、と。

*7:→『「人殺し」の心理学』「人殺し」の心理学

*8:6巻で日泥父を撃ったときも、彼は逆光を浴びてましたっけね。

*9:彼は何度かイエスの12使徒の一人転向者マタイになぞらえられてるけど、この時点で大きな転向を果たしてるわけだ。

*10:公式によると、回想シーン直前の、アシパさんが目を瞬かせる絵は、「恩師のまなざし」なんだそうだ。どうやら、アシパさんは尾形にとっても教導する師であるらしい。

*11:こういうこと。あんこう鍋の季節は冬なので、日の入りは北極星に対して鈍角になる→
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ちなみに、北極星を見つけるのに使われる星座は、おおぐま座カシオペア座……両方ともギリシア神話で「母親」ってのが暗示的でもある。我が子を守るために熊になった母親と、神の怒りを静めるために我が子を生贄に差し出す母親だ。

*12:121話でのアシパさんの松明がそれを象徴してるように思える。→金神121話「暗中」 #ゴールデンカムイ

*13:この仕草自体は、たまにアメリカのドラマなんかで見掛けるような?

*14:要は船酔いするのね💦

*15:第7師団 (日本軍) - Wikipedia )

*16:水曜スペシャル「川口浩 探検シリーズ」 川口浩探検隊『古代恐竜魚ガーギラス(前・後編)』 [DVD]

*17:嘉門達夫『ゆけ!ゆけ!川口浩!』