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日々是々

金神206「ふたりの距離」感想  ゴールデンカムイ

(今回は過去記事からの引用多いです)

当時はサイレントでモノクロなんだよなあ、とつくづく。
ズームとかクローズアップとかの技法があったのかどうか。

アシリパさんの母、初登場ですよ。
ソックリで、アシリパさんも成長するとこんな容姿になるのか。
よく見ると、口の周りに入墨してる。

ウイルクがのっぺら坊として逮捕収監されたのは日露戦争前なので、彼は出征してない。
というか、ウイルクは、のっぺら坊に殺されたことになってるんだっけ。

フィルムの火事。
ここは Nuovo Cinema Paradiso ?*1
私が中学生のころ。体育館で映画の上映会がありまして。当時は、学校行事の一環で、体育館なんかで映画を上映したのですよ。
途中で、画面が突然止まったかと思うと、真ん中に黒い点が現れて、それが徐々に広がって、って……
すぐに消されて火事にもならなかったけど、フィルムって燃えるんだー、と思った次第。
映画の内容なんかどうでもよくなった。

この後の杉元とアシリパさんの会話……以前から気になってることへの回答が来た感じでなかなかまとまらない。

アシリパ「私はもう無関係ではいられない」
民族主義に目覚めちゃったアシリパさん。
杉元「戦うのはアシリパさんじゃ無くたっていいはずだ」
対して杉元はあくまで彼女の魂を守ろうとする。*2
もし、彼女が武力闘争に走ろうとするなら、なんのために、杉元はあれほど憎んだ尾形の命を助けたのか、ってことになるしね?

杉元とアシリパさんの「ふたりの距離」。

2人の意見の相違は最初からずっと出てくる。

杉元「捕まってもっと酷い目にあって殺されるかもしれない」
アシリパ「私がお荷物だと言いたいんだろう」
(3巻20話「喰い違い」)

杉元は精神的にはアシリパさんに頼りながら、同時に、彼女をか弱い存在としてずーっと措いてる。
で、どっちもどっちの意見に合わせようとしない。二人ともに主人公として独立してる。

アシリパ「熊や鹿を追いかけてヒンナヒンナして暮らせと いうのか?」

杉元「アシリパさんには山で鹿を獲って ヒンナヒンナしていて欲しいんだよ」
(136話「最後の侍」)
尾形「故郷の山で鹿を獲って自由に生きていけばいい」
(185話「再会」)

3人揃って同じこといってる。
アシリパさんの台詞は、尾形の台詞を繰返したのかも知れない。
尾形とアシリパさんは、この作品全体で最も理性的なキャラの双璧として描かれてる。
尾形は利己的な合理主義、アシリパさんは倫理、って、理性の二面性をそれぞれ象徴してる。
誰の理性かっていったら、主人公である杉元。

アシリパさんを金塊争奪戦から外すために、暗号の鍵を訊き出そうとしてるのだとしたら、杉元も、尾形と同じことをしてる。
アシリパさん、杉元を信用できるのか?

ウイルクも、キロランケも、革命や民族運動って大義に懸命すぎて、アシリパさん本人の自由意志を認めてなかった。
彼らにとっては、小娘の意志を思いやるなんてことは、大義のためには「間違った情けや優しさ」であり、弱さだった。
ウイルクは、アシリパさんそっくりのキラキラお目々に騙されそうになるけど中身は鶴見に近いマキャベリストだし、キロランケは彼のフォロワーだし。
アシリパさんと、アチャ=ウイルクとの、「ふたりの距離」

ただし、キロランケが末期*3に言った、「俺たちのために」の「俺たち」がちょーっと気になってる。
キロランケは、のっぺら坊=ウイルクと確認してから殺させた。ウイルクがのっぺら坊でなかったとしたら、ウイルクは5年前にのっぺら坊に殺されてたことになる。どのみち、キロランケにとって、ウイルクは死ななければいけなかった。
「俺たち」の指す範囲が、キロランケとウイルクでは違ってきて、それがふたりの距離を生んだ。
キロのウイルクへの感情は、もしかすると鯉登から鶴見への崇拝に近いのかも知れない。自分に足りない冷徹さを理想と見てウイルクを崇拝してたのだろうし、なにか決定的な出来事でその理想が崩れて離叛したのかもね。解釈違いってやつ。

アシリパさんと杉元、アシリパさんとウイルク、ウイルクとキロランケ、って、親しいはずの間には決定的な乖離があるのに、杉元と尾形って仇敵同士の意見が一致しちゃってる、って皮肉。

そして、前々から気になってた点。

杉元「それはアシリパさんじゃなくたっていいじゃないか」

杉元「でもそれはあの子じゃなくたっていいだろう?」
(136話「最後の侍」)
尾形「お前がそんな重荷を背負うことはない」
(185話「再会」)

この件でも、杉元と尾形、同じ事いう。
尾形は単に暗号の鍵を訊き出したくて言いくるめようとしてるんだけど。
杉元もまた、正直じゃない。……と思うと。

アシリパさんをこの金塊争奪戦から解放するんだ
……って、それ、あくまで杉元の願望よね?
アシリパさん自身の意志は確かめてない。
どころか嘘吐いてまで、アシリパさんを、可憐な少数民族の少女のままでいさせようとしてる。
金神192「契約更新」感想 ゴールデンカムイ - day * day

アシリパ「杉元お前は自分を救いたいんじゃないのか?」

杉元が「アシリパさんを解放する」って決意してる(第192話)のは、実は、アシリパさんでなく自分自身を解放したいんだよね。杉元は、いつも、アシリパさん本人ではなく理想化された偶像として、アシリパさんを見てる。
杉元はあくまで「金塊を見つけて」と言ってる。金塊を見つけて解放されるのは、アシリパさんではなく杉元。
金神200「月寒あんぱんのひと」感想 ゴールデンカムイ - day * day

杉元「確かにそれもある」
これ言えるのスゴいな、杉元。
杉元も、アシリパさんに希望を背負わせてたんだけど、素直に認めちゃった。
杉元には大義なんてどうでもいいから。あくまで個人的な希望でしかない。
杉元が、のっぺら坊の最後の言葉を、アシリパさんに伝えられなかったのは、それこそ、新約聖書にある「ペテロの否認」*4を思い出させて、杉元の弱さを象徴してるように思ったのだけど、
その弱さを自ら認めた杉元は、強い。

杉元「俺はアシリパさんにこの金塊争奪戦から下りてほしい」
杉元「知ってからではもう遅いから」

地獄に堕ちるから人を殺したくない、と彼女はいうけど、この地獄って、死後のことだけじゃなくて、現実で人々が殺し合うこと、それが人々に与える精神的負担を指すわけで。
金神196「モス」感想 ゴールデンカムイ - day * day

アシリパさん、映像記録でもダメだと絶望して、やっぱり武力で、て考え出しちゃう、危うさ。

杉元「「戦って守るしかないのだ」という選択肢にしか辿り着けないよう追い込んだ」
ウイルクもキロランケもマルチリンガルで、ウイルクは暗号に漢字使ってるくらいだからたぶん日本語の読み書きも出来た、なのに、アシリパさんには教えようとしなかった。
それって、武力闘争に選択肢しか与えないためなのか?

でも、文化を出来るだけ多くの人・遠くの時代に伝えようとするなら、言葉、特に、文字による書き言葉こそが最善の方法だと、気付けばいいんだけどなあ。

*1:ニュー・シネマ・パラダイス - Wikipedia

*2:この下り、ふと、スピルバーグ監督トムクルーズ主演の「宇宙戦争」思い出す。「俺も宇宙人と戦うんだ!」ていきり立つ息子に、父であるトムクルーズが「お前が戦いたいと思うのは勝手だが、10歳の妹を巻き込むな」てたしなめる。この映画自体、911同時多発テロ事件でいきり立つアメリカに向けて作られたことを踏まえると、この、ウエルズの原作中にはない台詞は意味深だ。→宇宙戦争 (2005年の映画) - Wikipedia

*3:→190話「明日のために」

*4:金神192「契約更新」感想 ゴールデンカムイ - day * day
<81話の「最後の晩餐」パロを踏まえると、この「嘘」はもしかして、聖書にある「ペテロの否認」に擬えられてるのかも知れない。ナザレのイエスが捕まったあと、兵士に職務質問されたペテロは、第一の弟子なのに、自分は知らないと嘘を吐いて逃げた。人間の臆病さ・弱さを説く話だけど、杉元の嘘も、彼女の真の想いに気付くことなく、身勝手に少女に縋ろうとする弱さ、愚かさを意味してるようにも思える。>