day * day

日々是々

金神10巻の感想 ゴールデンカムイ

いよいよ大台の10巻、それに第100話ですわよ。

紙本本体表紙の装束図鑑は鳥皮衣チカプウルでした。
裏表紙はアシリパさん。

……本誌だともう11巻分も終るところですけどもね……なんかこの時間差がもどかしい。
巻頭の91話とか、去年の9月の発売号だもんね、半年前だ。
ああー単行本だと、鯉登少尉がようやく登場するんだよな、とかさ。

本誌のリアルタイムで書いた感想文は下のほうを参照してもらうとして。
単行本と本誌連載と見比べると、頁の追加なんかもあるけど、もっと細かいところで修正あったりして、なんだか間違い探しみたいで楽しいやね。
その一方で明らかなミス(6本指とか)が直ってなかったりするのは……いうだけヤボかしら。*1

表紙、そろそろ軍人達がくるかと思ってたけど、杉元とアシパさんの主人公コンビ。
本体表紙の衣装もアシパさんによるアイヌの民族衣装に。

「前巻までのおさらい」
……手書き……どっかで見たようなノリ……あああ、ペーパーだ、これ! イベントとかで配布するチラシっぽい。
なんかどんどん公式が、いい意味で、同人誌っぽくなってきたぞ……
そうか、作者が一番のファンジンなんだなー

第91話、連載時18頁だったのが単行本で22頁に増えてる。

アイヌのコタンの、後始末。
土饅頭の数からして脱獄囚は20人くらいか。
(本誌のときは20コ数えられた)

オオウバユリの神様の神話(→月刊シロロ3月号)って、ヤマト神話のオオゲツヒメにもちょっと似てる。*2
新しい食文化へのカルチャーギャップを神話的に表現すると、スカトロになるんだろか……

オオウバユリについての説明が微妙に修正されてる。

花の咲くトゥレプは 種を飛ばして 新しいトゥレプになるから 絶対とってはいけない
ヤングジャンプ vol.1794)

花の咲くトゥレプを 私たちは 雄の株と考えている
雄は 種を飛ばして 新しいトゥレプになるから 絶対とってはいけない
雄の近くにある雌の株を 掘り起こす
ゴールデンカムイ 10)

植物学的には、ユリ科は雌雄同株で、花が咲いて結実した株は養分を花と種に費やしてるし、脇の小さいのは鱗茎から株分した子株。

詐欺師の鈴川聖弘の元ネタは、伝説的な結婚詐欺師の「クヒオ大佐」こと鈴木和宏。*3
彼の語る「他の囚人」は当分出てこない。

さっさと殺そうっていう尾形と、無為に殺すなっていうアシパさんとの対比が面白い。
理性の二つの面を象徴してるみたいだ。
合理的現実的な尾形、倫理的なアシパさん。この二人の対立が何度か繰り返されて、杉元はそのたびアシパさんを尊重する。
現実には裏切られることもあるけど、良心は自分を裏切らないから。というか自分自身が良心を裏切れない。アシパさんの危機にはバーサーカーになっちゃう杉元だけど、最後の一線だけは守る。主人公がこういう標準的な倫理観の持ち主だと作品世界に安心できるし、尾形が主人公たり得ない所以だよなあ。

コタンを去るコマで尾形が銃の引金(のガード)に指かけてるのに(笑)
牛山が我を忘れて暴れ出したら容赦なく撃つ気だ……
珍しく爽やかな笑顔してると思ったのに、ちっとも爽やかじゃなかった。

杉元は鈴川にすっかり騙されてたのに、尾形とアシパさんは騙されなかったのも面白い。
アシパさんはアイヌとしてオカシイって気付いたけど、尾形の場合は、生来、共感や権威への敬意なんかを欠いた“冷血漢”であるゆえに引っかからないんだろうな、と推測。*4

白石救出作戦、第一弾は敢えなく失敗。
家永が「皮剥がされてるかも」って繰り返すのがオカシイ(笑)
こいつ……真正のサディストだ……

94話の扉絵は白石磔刑図。
96話でもやっぱり白石磔刑図。
97話で、さすがに3度目は笑うわっ。
磔刑の図鑑かっ。
(ちなみに本式の磔刑ではこの後、槍で数十回刺される)

第94話は小樽の鶴見隊。
本作で軍関係者はすべて架空の人物だけど(乃木将軍すら名前出てこない)、さすがに、アリサカライフルで世界的に知られた有坂は外せない。(史実では有坂成章)
闇鍋にケシが投入されて、いよいよキナ臭く成ってまいりました――!
戦略物資としてケシは重要だしねえ。

鶴見がケシの花に擬えられてるのが意味深だ。
この94話、コメディタッチなのに、深い……

鶴見はメフィストフェレスなんだ。
人が理性や良心で押さえ込んでる欲望を全肯定する。後悔を許さない
快楽と苦痛に満たされた生か、虚無か?と問いかける。
孤独と絶望に陥った人の魂を救いはするが、それは愉快で美しくて波瀾万丈で苦痛といずれ破滅にいたる道程かも知れない。
阿片さながら、棘の刺さったココロを癒やすけど、中毒して依存せざるを得なくなる。

臓物と血の雨の降る戦場の有様は想像を絶する。
鶴見はその直中を歩いてなお目の当たりにした光景を「美しい」と評するのだ。
死と暴力の底に彼は美を見いだした。
「美しいものは人間を卑しさから救う」、という。*5
鶴見はあの戦場から生還し、自らを救うために、暴力を、死を、美しいと肯定せざるを得なかった。そして自らも、顔の半分を失い半神になったんだ。

ちなみに病院で出てくる謎のおっさんは、作者氏の旧作の登場人物だそーですわ。
……ってこれ見つけた人すごいっ

有坂成造のモデルは、劇画の大御所、平田弘史っぽい。
どんな人かっつーと→「平田弘史先生訪問記」(全) – : たけくまメモ
技術オタクで耳が悪くてヒゲ。
なによりこの容貌。

95話の表紙。
これがヤングジャンプ本誌と単行本で微妙に違ってる。

f:id:faomao:20170421164843j:plain
(左:ゴールデンカムイ10巻 右:ヤングジャンプ vol.1798)

配置が変わったのは、アオリやタイトルのレイアウトの都合だろうけども。
しかし、ここで追っ手は8人いるのに、手が7人分しかない。
(前にも書いた。→この手って? - day * day
本誌で描き忘れたのかと思うと、単行本でもやっぱ7人分。
アシリパさんはすぐわかるし、その隣は杉元だろう。シワっぽい手2本はジジィだから土方と永倉、デカくてゴツいのは牛山、華奢で女性ぽいのは家永かも(いや家永もジジィだろ、てのはおいといて)。
じゃあ残りの1本は、尾形かキロランケかどっちかってことに。

谷垣一家の騒動。
熊岸、鈴川、三船、て、ペテン師の話題が続く。
三船、の元になった御船千鶴子は単にペテン師とも言い難いけど。透視の芸で知られたけどどうにも胡散臭くて、インチキを曝かれそうになった矢先に自殺してしまった。
スピリチュアリズム”とか、心霊現象の元祖は、19世紀アメリカの「霊媒師」フォックス姉妹……まんま、Fox、「キツネ」なんだよなあ。*6
インカマッにも姉妹がいたりするんだろか。

インカマッは、どうやら一行の中の誰かを追ってる様子。
この彼女の目的もまだ明らかにされてない。インカマッは谷垣を焚付けてアシパさんを追うことにしたのだよね。
鶴見が(8巻で)彼女に「谷垣を利用しなさい」って言ってるので、アシパさんに同行してると鶴見が認識してる人物ってことになるよな。
鶴見が、杉元達の動向をどこまで把握してるかわからんけど、仄めかされてるのは白石だよなあ。
「顔に傷のある男性に弱い」ていうと杉元が筆頭候補だ。鶴見はインカマッと会った時点で尾形の行方を知らないはずだから尾形は違う気もする。

そして、白石救出作戦第2弾。
……の前に、白石の裏切りに気付いちゃって憤る杉元。
このくだりもコマがいくつも追加されてる。「一度でも裏切ったやつは」の台詞は連載時になかった。
尾形のこともだけど、杉元、裏切り行為がとことん許せないようだ。
その白石をけしかけた土方も永倉も笑って誤魔化そうとしてる……
新撰組もまた裏切り者や脱走兵に厳しかったけど、それは激動の時代には権謀術数や裏切がアタリマエだったから鉄の規律で統制してたって現実的な理由なわけで。
杉元はもっと感情的な部分で背信行為が許せないようだ。もしかすると寅次の死に上官の裏切が関わってたりするのかもね。
結局、アシパさんに諭される。

スケキヨマスクの杉元……鈴川と並ぶと杉元ってエラくデカく見える、と思ったけど、視点の位置からして他の兵士と比べても大きいほうなんだ?
鈴川があっさり死ぬのも意外。熊岸にしろ、こういうインテリタイプは長生きできない世界なのね……
脳筋*7の筆頭みたいな鯉登に殺されるのが暗示的だ。

10巻の見所はなんつっても、鯉登少尉ですよ!
登場するくだりに後ろ姿だけで2コマも使うとか、歌舞伎で花道を二枚目が走ってくるみたいですわ。
陸士出たての新品少尉。戦場経験もない、人殺したのも鈴川が初めてとかよねきっと。(陸士16期らしいので永田鉄山*8と同期だ。永田のプロフを参考にすると1884年生まれってことになる)
薩摩隼人で自顕流の剣士、さながら宮崎駿アニメのキャラのような運動能力。
鶴見のブロマイド見つめて溜息とか、忠義に篤いというよりももうちょっと艶めかしい感情のように思えるのは、きっと、彼が若くて美形なせい……ほらっ薩摩隼人といったら硬派の本場だし?*9
これはLOVEなのか? たぶん。LOVEにもいろいろあるんだよ。日本語にうまく訳せないけど。(いつの間にか公式の惹句までLOVEとか謳いだしてるし。)

キャラ濃いいい。
こういうキャラをさらっと登場させるあたり、すげえ……
彼が直向きすぎてやることなすこといちいちカワイイ。
まるで女性読者狙い撃ちにかかってるような気がしないでもない。
最終頁の謝辞まで鯉登少尉だ。

薩摩弁のくだり、あ、これ、「コードトーカー」じゃん。*10
少数言語を軍事暗号として使うの、WW2時の米軍のナバホ族が有名だけど、日本でも薩摩弁を使ったことがあるのだねえ。

第7師団本部からの逃避行。
99話ってもろに宮崎アニメのテイスト。
飛行船がどーん。
空飛んじゃうし! 作中は20世紀初頭だぜ!?*11
鯉登が宙泳いでるし! ルパンか! 空中の狭い足場での立ち回りなんて、宮崎アニメならヨクアルコト……
そして3人がかりでようやく撃退する鯉登。

杉元、白石、尾形に加えて、ここでアシパさんが合流、って流れが見事だ。
この4人、ちょうど1巻で登場したレギュラーメンバーの全員なんだよね。
尾形がこんな主要キャラになるとは思ってもみなかったよ。このへんしばらく「頼れるナイスガイ」みたいで他のキャラともロクに会話しないしメインのストーリーにもあんまり絡んでこないし便利なモブキャラとして使われてるのかと思うと、デカい爆弾が炸裂するのは以下続刊。

このくだりについて、銃について素晴らしい考察なさってるツイートが。

togetter.com

さすが目の付け所が違う……!
作中ではいっさい説明ナシに、「ワカル奴だけわかれ」って作者氏の姿勢も素晴らしい。

どおりでアシリパさんとの合流のあと、しばらく尾形が会話に絡んでこないと思ったら、黙々と新しいオモチャいじり倒してたようだ……

三八式の部隊配備、1908年からってなってるな。
とすると、劇中の時間も08年てことになるのかな。
なんとなく。
杉元、05年の秋から06年の春には復員したはずだし、それから何年も梅ちゃんほったらかして北海道で砂金浚ってるってのも、無責任過ぎる気がしないでもないから、劇中、勝手に、06年だと思ってたんだけど。
有坂が、正式配備前に試作の三八式持ってきたってこともあるか。(あくまで06年にこだわる)
あるいは、重傷負って、08年まで入院してたってこともある~?

飛行船の上でアシリパさんが杉元に帽子被せてるから、このときに杉元の背嚢や弾薬盒なんかの装備持ってきたのかな。
山岳の逃避行、白石、薄着だし、筋肉も脂肪層も薄いし、帽子も被ってない上に坊主頭だし、凍死の危険性がいちばん高いよね。
そしてもちろん、他のだれも、毛布なり上着なり貸そうとしない。
尾形との装備の差……

100話記念でシンミリ来た。
3巻の、「アシパさんだけは俺のことを忘れないでいてくれるかい」ってセリフを思い出させる。
不死身の杉元泣かせるなんて、アシパさん、魔性の女だ。
杉元の故郷っつーても、家族もいないし。梅ちゃんだって待ってくれてるんだろか……
でもいつか、杉元の故郷にいっしょに行けるといいよね。

戦士の心理については、

……あたりを参照のこと。恐らく作者氏も読んでるんじゃないかなー。前者のハードカバー版のほうを特にオススメ。

今巻はキリよく100話まで。どこまで収録されるのか、気になってたんですけどね。
としたら101話から始まる11巻は鯉登少尉と尾形が主役だ!

以下、連載時に書いた感想。

*1:尾形の顔の傷がしょっちゅう移動してるのはもうなにも言わない……

*2:スサノオが地方の女神に歓待されるんだけど振る舞われた料理が排泄物だと気付いて怒って殺してしまう、その女神の屍体から農作物が生まれた、というハナシ。

*3:2016年6月の段階ではまだ存命なんだよな、この御仁。

*4:他者との絆を求める本能は仁や愛の根源だけど同時にエスノセントリズムや差別心の原因でもあるし、騙されやすさにもつながるわけで。

*5:これは高村薫の作品の中の台詞だけど、相通じるものがある。

*6:彼女達の波瀾万丈の人生は、高橋昌一郎『反オカルト論』(反オカルト論 (光文社新書))に詳しかった。阿漕な商売人としで大成功しちゃった長女、世界的冒険家との悲恋に暮れた次女、彼女らの犠牲者みたいな末娘……面白すぎるだろ……

*7:「脳味噌まで筋肉で出来ている」の略。ネトゲ用語。

*8:昭和陸軍のチョー大物。陸士16期の主席。彼の暗殺が二二六事件の引金になる。

*9:元々は、男が、女と恋愛するのを軟派といい、男同士の恋愛を硬派といったのだ。戦国期の武張った風習とされて平和の御代にはだんだん廃れていった……日本の男色の文化史も面白いぞぉ。

*10:情報科学囓ったこともある身としては暗号論には敏感になるのだ。

*11:このへんの時代が舞台で空飛ぶ作品なんて……って思ったらそういや、やっぱり宮崎駿の『名探偵ホームズ』があったわ。